友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
のぞみは何も言えず、ただその場でその光景を見つめていた。
「帰るぞ」
お金を拾うと、琢磨が言った。
−−知られた。
のぞみは琢磨に背を向けると、早足で歩き出した。
「おい、なんだよ」
背中から琢磨の声が聞こえる。
秋の夜。
駅前の雑踏。
その中を、逃げるように歩く。
風で頬が痛くなってきた。
それでも足を止められない。
後ろからぐいっと手を引っ張られた。
「ちょっと待て」
琢磨の顔が見られない。
のぞみの顔はこわばって、いつものように振る舞えない。
琢磨が大きなため息をついた。
「ありがとうの一言もなしか」
「……助けてほしいなんて言ってない」
「マジで言ってんの?」
琢磨の声に呆れが混じる。
「まったく。昔からお前は、なんでたくさんいる男の中から、一番のクズを選ぶんだよ」
「クズしか、寄ってこないの」
「のぞみにつけ入る隙があるからだろ? だいたい、あんなの強く『いやだ』って言えば済むことなのに。いつもは図々しいくらいなのに、あいつの前では黙って言うなりになって」
のぞみは顔を上げて、琢磨をキッと睨みつけた。
「自分の意思で、あいつの借金を背負ってんの。ほっといて」
踵を返して歩き出そうとするのを、琢磨はまた引っ張って引き戻す。
「あのクズのこと、好きなのか?」
「違う」
「じゃあ、なんだよ!」
「関係ない!」
「関係あるかっ! 夫婦なんだぞっ」