友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
星空が光る夜、二人は並んで歩く。
「あ、川」
大通りから少しそれると、住宅街。
その脇にコンクリートで固められた土手があった。
のぞみは勢い良くその階段を上る。
上は遊歩道。
でもフェンスが張り巡らされていて、川には降りていけない。
月が、真っ黒な川面に映る。
曲がってゆっくりと流れる下流。
「じゃあ、風呂掃除をかけて競争な」
突然琢磨が言った。
「よーい、ドンッ」
琢磨が走り出した。
コートをなびかせ、川沿いを走る。
「ずるっ」
のぞみも走り出した。
ヒールは低くとも、パンプスは走りづらい。
どんどん琢磨の背中が遠のいていく。
「ちょっとーっ、どこがゴール?」
のぞみは叫んだ。
「あの橋の下まで!」
琢磨は振り返り、大きな笑顔で答える。
昔の笑顔。
髪は洗いざらしで、制服のシャツはいつもアイロンがかかってない。
田舎道をただ走るだけ。
走るだけなのに、すごく笑った。
あの笑顔だ。
のぞみも笑った。
体が軽くなる。
卒業して10年ちょっとの、その辛く虚しい毎日を軽やかに飛び越して。
「ゴール!」
橋の欄干に手をかけて、琢磨が片手を大きくあげた。
「もうっ。そっちは毎日走ってんだから、早いに決まってんじゃん」
ずいぶん遅れて、のぞみも欄干に手をかけた。
心臓がばくばくして、肩で懸命に息をする。
両膝に手をつき、息を整え、顔を上げる。
琢磨の額にも、うっすら汗が見えた。
その汗が月の明かりで光る。
「よかった。笑った」
琢磨が言う。
「笑ってた方がいい。のぞみはその方がのぞみらしい」
のぞみは体を起こして、欄干にもたれる。
はあはあと呼吸としながら「ありがと」と笑った。