友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
のぞみが帰宅すると同時に、ラインがなった。
『帰る。飯作る』
のぞみの顔がにんまりする。
「ラッキー。待ってよ」
着替えをして、ゆるゆるのスゥエットに着替える。
ぼさぼさの髪を一つに束ねて、速攻メイクを落とした。
鏡に映る自分の顔。
ホテルライクのタオルでこすると、ほんのり頬が赤くなる。
涼介から連絡はない。
のぞみは、心底ホッとしていた。
琢磨の前で取り乱してしまったのは、今考えても取り消したいけれど、琢磨なりに考えてのぞみに近づいてくれたことが、なんだか嬉しくもあった。
大人になっても、昔の琢磨と変わらない。
タオルを首にかけてリビングに出ると、ピンポーンとチャイムがなった。
「誰?」
琢磨がネットで何か買ったのかもしれない。
そう思いながら「はいはーい」と玄関をガチャっと勢い良く開けた。
目の前に、綺麗な女性が立っていた。
ゆるいウェーブの長い髪。
コートはふわふわの白で、その裾から覗くスカートはプリーツ。
そしてヒールは華奢だ。
「あの……どちらさまですか?」
のぞみは無遠慮とも言えるような物言いで尋ねた。
「……こちらは、桐岡さんのお宅ですか?」
おずおずとした様子で、小首を傾げて尋ねる。
「はい、そうですけど」
女性は少し衝撃を受けたような顔をして、それからごくんと小さく空気を飲んだ。
「桐岡さんは?」
「もうすぐ帰ってきますけど」
「あの、失礼ですが」
女性はそう言うと黙った。
「妻です」
のぞみは伺うように女性の顔を覗き込む。
「そう、ですか」
女性は一つ小さく頷くと、静かに頭を下げて「失礼いたしました」と言った。
背を向けて廊下を歩いていく。
のぞみは首にかけたタオルを握り、その背中をじっと見続ける。
あの女性は、多分、そうだ。
「すいませんっ」
のぞみは廊下に裸足で走り出た。
女性が振り向く。
「もうすぐ帰ってきます。家で待ちませんか?」
そう言った。
明らかに躊躇する様子。
のぞみは声をかけてから、そのとっさの判断に自信がなくなってきた。
けれど「じゃあ、少しだけ」とそう言って、女性は戻って来た。
のぞみはホッとする。
琢磨にとって、追い返してはいけない人だ。
「どうぞどうぞ」
のぞみは女性をリビングに通した。