友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
リビング入口を見ると、コートを手に琢磨が立っている。
顔が真っ青だ。
おかえり、そう言おうとしてのぞみは口をつぐんだ。
琢磨はのぞみをみていない。
一つも目に入っていない。
ソファに座る女性に完全に心を持って行かれている。
「琢磨くん」
ソファから女性が立ち上がった。
「帰れ」
琢磨は言った。
そんな声聞いたことがなかった。
怒っているんじゃない。
泣きそうになるのを我慢している声だ。
「あの、ちょっとだけ……」
琢磨は、女性が言いかけるのを上から畳み掛けるように、もう一度強く「帰ってくれ」と言った。
女性は黙る。
それから素直にカバンとコートを手に取り、琢磨の脇を通り抜けた。
琢磨は動かない。
目で追わない。
でも全感覚で女性を追っている。
パタンというドアの音がして、緊迫した空気だけを残し、女性は去った。
琢磨はソファにカバンとコートを投げて、乱暴にネクタイを取る。
キッチンに入って、冷蔵庫を開ける音がした。
ミネラルウォーターを持って出てきたが、ソファ前のテーブルに未開封のミネラルウオーターが置いてあるのをみて、飲むのをやめた。
琢磨が強く投げて、ダイニングテーブルの上で転がる。
「なんで部屋に入れた」
「あの人でしょ、元カノ」
「知ってて、なんで入れたんだよ!?」
琢磨が声を荒げた。
「だって」
琢磨は女性が去って行った玄関方向をみている。
のぞみは小さく息を吸って、それから「だって、待ってたんでしょ?」と言った。
「……んなわけ、あるか」
「じゃあなんで、ここ売らないの?」
「それは」
「結婚するまで、全然違うとこ住んでたじゃん」
琢磨は黙る。
「家具だってそのまんまなんでしょ? あの人のこと待ってたからじゃないの?」
「ちが……」
「違うなら違ってもいいけど!」
のぞみは声をあげた。
「さっきからもう、あの人のことしか考えてない。それは、まだあの人と話さなくちゃいけないことがあるってこと。ブツブツ言ってないで、さっさと追いかけろ、バカ!」
怒鳴った。
「のぞみ……」