友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~

「どうした?」

琢磨が言ったので、鏡の中の琢磨に視線を向けた。

黒い髪。
眉の下のほくろ。

見慣れているはずの顔が、見知らぬ男のように見えた。

重なる視線。

胸を衝動が貫いた。

琢磨の表情が変わった。
そしてたぶん、のぞみの表情も変わってる。

見られたくない、女としての顔。

「あ……」
のぞみの喉から、動揺と、それをごまかす言い訳と、そしてそれらすべてを凌駕するほどの欲望が、溢れ出しそうになる。

鏡の中の琢磨は、のぞみから視線を外さない。
そして、立ち上がろうと……。

のぞみはとっさにドアに飛びつく。
大きくドアを開いて、リビングへ逃げ出した。

大きく一つ息を吸う。
窒息しそうだった肺に、むりやり酸素を押し込んだ。

琢磨の顔は見られない。
振り向いたら、誤魔化せない。

「ありがとね、これで結婚式行くから」

心臓がばくばくと激しく動いていた。

背後の琢磨は動かない。
ベッドサイドに立っているだけだ。

大丈夫。
まだ大丈夫だ。

「着替えるね」

のぞみは明るい声で言うと、脱いだスウェットをかき集めて洗面所に入った。

洗面所の鏡に映る、自分の顔。
走ったわけでもないのに、息が切れている。

大丈夫、じゃない。
とっくに大丈夫じゃなくなっている。

のぞみは力なく床に座り込んだ。
ごつんと壁に額をぶつける。


これは風邪のようなもの。

自分で下げるんだ。
この愚かな熱を、欲望を。

結婚という選択をした友達は、いつまでも友達でいなくては。

『相手を想うことに変わりないけれど、恋愛になると私欲が出るよな』

ごくんと、唾を飲み込んだ。

「私欲」は琢磨を不幸にするだけ。
だから、早く、熱を下げるんだ。
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