友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
あれは確か高校三年生の春。
琢磨は地元唯一の電器店の長男で、高校を卒業したら疑い無くそこで働くものと思っていた。
ある日のぞみが何気無く「いいなあ、進路決まってて」と言うと、琢磨はすごく曖昧な表情をした。
「まあね、そうなるだろうと思うけど」
学校の休み時間、窓枠にもたれて二人話していたときだ。
カーテンが春の風になびいて、空気は澄んで緑の匂いがした。
「やりたいこと、あんの?」
そのとき舐めていた飴の味を覚えている。
レモンだ。
「う……ん」
琢磨が言い淀んだ。
田舎において、長男が実家を継ぐことは必然だった。
他の選択肢はゆるされない。
「俺さあ、東京の大学受けたいんだよね」
そう言った。
罪悪感をにじませたその声に、のぞみは一瞬息を止める。
「でもさあ……」
諦めたような顔で、窓の外を見る。
生まれてから死ぬまで、ここから出ることはない。
それが当然と育てられてきた。
親を説得する自信もないし、町を出た後の自分も想像できない。
だから諦めなくちゃ。
そう思っているのだ。
「受けちゃいなよ」
のぞみは言った。
琢磨は驚いてのぞみを見る。
「だって、やりたいんでしょ? 桐岡、勉強すごくできるし、ずっとここにいるの勿体無いって」
「軽く言うなよ」
琢磨が少し苛立ったのがわかったが、のぞみは気にもとめない。
「軽くは言ってないって。桐岡が望むなら、それが一番だってわかるもん」
のぞみは笑顔になる。
「だって、友達だよ。桐岡の幸せを願うに決まってるじゃん」