友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~

琢磨は手に持っていたコートを、エレベーター前で羽織った。

今朝は特に冷え込む。
吐く息が白い。

エレベーターに乗ると、少し安堵した。
のぞみになにを言ってしまうか、自分でも心配だったから。

広島からずっと、頭の中をのぞみと大崎の件が巡っている。
二人がベッドにいるところや、組み敷かれたのぞみの涙が、驚くほど鮮明に映し出されて、自分でも呆れるほどだ。


寒い中、駅の方へ足早に歩く。

コートのポケットに手を入れると、二つのリングが指に触った。

あのブライダルサロンで、衝動的に指輪を買った。
のぞみのサイズは知らない。
でも我慢できなくて、とりあえず買った。

法的には夫婦で、本当は友達。

のぞみと楽しい時間を過ごせると思ったから、入籍することに躊躇はなかった。
それは他の夫婦も、そう変わらない結婚動機じゃないだろうか。

じゃあどうして今、こんなにも後ろめたいのか。
その後ろめたさから、高校の友人に「結婚した」と報告もできない。

この五日間、感情を抑えきれなくてのぞみを遠ざける日もあれば、過去のことだからと言い聞かせてこれまで通りに振舞おうとする日もあった。

でもうまくいかない。
心から笑えない。
のぞみをめちゃくちゃにしたい気持ちと、手放さなくちゃいけないかもしれない不安。

指輪は、のぞみが琢磨のものだという証。
そうすれば、大崎はもう、のぞみに手を出せないから。
醜い独占欲の象徴。

でもいいのか、そんな指輪で。
のぞみは指輪を見て、幸せそうに笑うだろうか。

琢磨は、ポケットの中で指輪をぎゅっと一度握って手放す。
そして歩みを速めた。
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