友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
「のぞみ」
琢磨は開きっぱなしのガラス戸に手をかけて、背中に声をかけた。
風が強い。
のぞみの髪も、Tシャツも、冷たい空気にかき回されて、横へとなびいている。
けれど、のぞみは振り向かない。
琢磨の胸が騒ぐ。
「のぞみ、寒いから入ろう」
琢磨は先程より大きな声を出した。
しばらくすると、のぞみがこちらを向いた。
風ではためく白いシャツ。
そこから白い足が伸びて、素足でテラコッタのタイルを踏んでいる。
何も話さない。
「のぞみ?」
ガラス戸のサッシを掴む琢磨の手に力がこもった。
「戻れないって、言ったのに」
のぞみが言った。
声は風に巻かれて、かすかにしか琢磨に届かない。
「セフレって、どれだけ続けられるのかな」
そう言った。
のぞみが琢磨の横を通る。
その髪が琢磨の裸の腕に当たった。
のぞみの気配が、洗面所へと消えた。
琢磨はそれを見届けられない。
動けない。
のぞみがいた場所に風が渦巻くのをただ見つめる。
『戻れないって、言ったのに』
琢磨は風で冷えた髪をかきあげ、うつむく。
俺はのぞみを抱きたかったし、彼女も拒絶しなかった。
でも取り返しのつかないことをしたんだと。
その時初めて、気がついた。