アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
第13章 さよならの儀式
1
――誰かが、泣いている
誰だろう
分からない
なんて哀しい、泣き声
小さく、泡のように
今にも消えてしまいそうなのに、その声は段々と主張を強くする
音のない世界に響く、きみの声
ああ、なつかしい
ずっとずっと昔にも、確かこんなことがあったんだ
ぼくはきみに、呼ばれたんだ
きみがぼくを、呼んだんだ
待っていて
今度こそきみに、会いにいく
あの日の約束を、ぼくはもう二度と違えない
ようやく永い旅が終わる
きみを失って900年
ひとりぼっちの、永い旅が
―――――――…
「クオン」
呼ばれて振り返ると、暗い顔をしたイリヤが居た。
手にはスープの載ったお盆を持っている。手がつけられた様子はない。
ダメだったか、と。おそらく互いに同じことを思い、重たい吐息を零す。
あれから三日経つ。
ジャスパーが亡くなってから、三日。
船は今、出来得る限りの速度で港へと向かっている。停泊もせず、まっすぐに。
通常よりも皆、睡眠を削り、精神を削り、気力を削りながら。
北の海の海域は離脱している。だけれど油断はできない。
海の上では何が起こるか分からない。だからこそ慎重に、それがレイズの本来の考えだ。
だけど今回ばかりは違った。
危険を承知で無茶をして、危険を覚悟で帰港を目指す。
ジャスパーの遺体を乗せている為だ。
本来なら船上で死人が出た場合、船内の衛生上、特に感染症を防ぐ為にも、二十四時間以内に水葬されるのが船乗りの習わしらしい。
だけどレイズ、ひいては船員たち全員の希望により、一度港に戻ってから再び海に出て水葬するということになった。
港に戻るなら、火葬で良いのではないか。そう言ったけれど、受け入れられなかった。
「ジャスパーはこの海の船乗りだ。死んだら海に流してくれと以前から言われていた。火葬はしない。…海に、かえす」
ジャスパーの、そして他の船員の為に。
レイズは無茶を通そうとしている。
港に戻るのは、残している他の船員達と合流する為だという。
仲間であり家族である全員で、ジャスパーを見送りたいのだ。
――それが、最期の別れとなるのだから。
暗い顔で言ったレイズが、ジャスパーの遺体が置かれている船の貯蔵室へと視線を向けた。
中の荷物を出せば、調度人がふたり分ぐらいのスペースができ、そこにジャスパーの遺体を寝かせている。
室内の天井は低く、立ち上がることもできないほど狭い部屋だ。
そこに、結界と魔法を施して、ジャスパーの遺体の腐敗を留めている。
そしてもう三日。マオがそこから、出てこない。
神々の壮絶な戦い。おそらくそう形容して過言はないだろう。
あの瞬間、ぶつかり合った人には到底及ばぬ膨大な魔力の波。
誰が勝ったのか。負けたのか。
そんな容易いことではないのだと、それだけは分かった。
あの海で最強といわれる戦神を、マオが退けた。その身を以て。
だけどマオはあの海で、一番大事なものを失った。その心の半分と共に。
あの後、アトラスは霧のように消え、北の海はもとの通り静寂な姿を取り戻していた。
そして消えたのはアトラスだけではなく、イリヤ曰く、マオについていたトリティアも、マオの中から消えたのだという。
理由は、分からない。
だけど確かに以前感じていたもの、おそらくトリティアの気配と呼べるものはマオから感じない。
それなのに。
マオの中にはまだなお、強大な力が渦巻いているようだった。
それはマオ自身が放つ、呼び覚まされた神としての力の波。
一度あちらの世界から引き出した自身の魔力が、その内側に収まりきっていないのだ。