アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


 部屋の外から、イリヤが、レイズが、船員達が幾度も声をかける。
 だけどマオは応えない。
 ずっと、ジャスパーの遺体の傍らに蹲っているだけ。

 他の船員たちのジャスパーとの別れの時間を、お前が取り上げるのか。顔ぐらい他のやつらにも見させてやれ、と。
 レイズがドア越しに怒ったお陰でドアだけはかろうじて開けられるものの、見えない壁がすべてを拒絶していた。
 だから、生存だけは確認できている。

 もう泣いてもいない。こちらに背を向けたまま顔すら見せようとしないので、マオが今どんな顔でそこに居るのかすら、分からない。

 ただあの部屋で、ジャスパーの体の時を止めているのは、間違いなくマオの力の作用だ。
 自分の魔力ではそれを留めておくには魔力を消費し過ぎて体が保(も)たない。
 自分のかけた結界を媒体とし、魔力を補填し続けているのは間違いなくマオだろうと思う。
 その為にあそこに、居るのかもしれない。

 マオが手当を拒むので、マオの体は傷だらけのまま。
 あまつさえ部屋に結果を張ってしまっているので、もはや我々には手出しのできない状態となってしまっていた。

 おそらく今マオは、ひとりで必死に戦っているのかもしれない。
 見の内に収まりきらぬ膨大な魔力と、底のない哀しみと、誰に否定されても受け入れられない自責の念と。
消化しようのない怒りと戸惑い。喪失の、恐怖。

 今のマオにこちら側の声は、届かない。

 
「リュウの元へ行ってきます」
「…ボクも、いく」

 何か思うことあるようで、俯いていたイリヤが顔を上げた。
 断る理由はないと思い了承し、並んでリュウ達を捕えている部屋へと向かった。

 アールの意識は戻ってはいないが、命は取り留めていた。
 そしてリュウと共に、“捕虜”というかたちで船内に監禁しているのが現状だ。
 一度は戦線を共にしたが、もとはあちら側の行動がすべての元凶。
 マオ達三人を船から無理やり連れ出し、そして三人の能力と命を以て、自らの望みを叶えようとしたのだ。
 そして結果。得られるものは何もなかった。

 おそらくそれが、答えなのだ。
 ――争いというものの。


「…マオは、どうなっちゃうの…?」

 ぼそりと。堪えきれなくなったように、イリヤが零す。涙と共に。
 それを横目で見ながら、自分は無言で返すしかできなかった。


 船のマストにとまっていた白いカラスはいつの間にか姿を消していた。
 それは交信魔法だけでなく、リシュカ殿の魔法も途絶えたのだということだ。

 イリヤから、祠で起こった出来事のあらましは聞いた。
 白いカラスの向こうには、エルと呼ばれる男――つまり、ジョナス殿下が居たと。ジェイド様ではなく。
 そこからすべてを見ていた。
 そして何を、思ったのか。

 マオの予感が当たったのだ。更に悪い予測を付け加えるなら――
 ジェイド様が捕えられ、城が陥落した。

 城が、国が。
 アズールフェルの手に落ちたのか。

 そう考えるだけで胃の中のものがせり上がってくる。
 そんなことは認められない。
 自分の主が、自分の居ない所で、敵の手に落ちるなどと。
 だけど状況だけを鑑みると、それを否定する要素がないのもまた事実だった。

 ――この国が、終わろうとしているのか。

 情報が一切入ってこないので、今城が、国がどうなっているのか全く分からない。
 それが悔しく、もどかしい。
 焦る気持ちばかりが募る。

 今の船の速度なら、あと二日で港に到着できるだろう。
 そうすれば、多少無茶すれば自分ひとりなら時間をかけずに魔法で城まで跳べる。
 自分ならそれができる。ジェイド様の、助けに。

 なのに。それが心からの本心であるはずなのに。

 あんな状態のマオを置いては行けない。
 ひとりになどしてはいけない。
 そう思う自分を振り払えない。
 もう否定などできなかった。

 例え手が届かなくとも、振り払われようとも、必要とされていなくても。
 それでも。

 傍に居たかった。
 ひとりになど、したくなかった。

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