アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
2
「この国を、どうする気だ」
暗闇に向かって声をかける。
そこに居るはずの相手は、何も応えない。
ただ静寂が返ってくるだけ。
このやり取りももう何度目か。
数えるのも面倒になって途中で放棄した。
今自分は、囚われの身。
城の地下深く、特別な出入り口を通ってでしかここへは辿り着けない。
なんと、無様。
永く捕らえていたはずの相手に、今度は同じ部屋に捕らえられるとは。
ここまで自分の力が、衰えているとは。
リズの為にあつらえた、大きなベッドの上。
結界を張られてこのベッドより外側へは出られない。
本来の持ち主は、薄い絹のカーテンの向こう。
倒壊した壁の隙間から見える景色に何やら思いを馳せていて、こちらのことは一度も見ない。気にする素振りもない。
――リシュカ。
無事だろうか。引き離されてから、シエルに連れていかれてから大分時間が経つ。
あれからどれくらい経ったのか。時間を知る術はなく、シエルの魔法によって届けられる食事の回数でなんとか時間をはかるも、それすら曖昧だ。
今、この城はどうなっている。
この、国は。
――マオ。
胸の内で呼ぶだけで、鈍く鋭い痛みが胸を刺す。
あんな、あんな顔を。させるなんて。
あんな思いをさせるなんて。
あの光景が、マオの悲痛なあの表情が、胸に灼きついて離れない。
白いカラスの眼を通して映し出される光景を、自分もここですべて見ていた。
一切の自由を奪われて、ただ見ていることしかできなかった。
何もできずに、ただ。
マオの心と体が傷つくのを見ていただけ。
それから交信と映像は途絶え、リシュカの魔法も解くよう指示され、そして自分だけがこの部屋に残された。
今やほとんど契約から解放されたリズと、ふたりこの部屋に。
だがまだここに、城内に留まっていてくれているだけ幸運だ。命拾いをしたともいう。
もはや血に刻まれたリズとの契約は、リズの意志ひとつ。
おれにリズを留めておける力も術も残ってはいない。
すぐにここから…城から出ていくと思っていた。裏でリズとシエルが手を組んでいたと知った時。
絶望と共に、諦めにも似たあの焦燥。
そして、覚悟した。自分の死を。
リズがここから出ていけば、おれの呪いを封じる手立てはない。
進行するだけでなく、その反動で返ってくる分も大きい。呪いは一気に加速し、あっという間におれの体を蝕むだろう。
おそらくおれに、この体に。
時間は残されていない。もう、殆ど。
それでもまだ、すべてを諦めるわけにはいかない。
おれに出来ることが、まだ。あるはずだ。
この国がまだ亡びていない限り。
おれがここに、居る限り。
かつん、と。静寂に足音が響いた。
咄嗟に身を起こして体勢を構える。
シエルだ。
ゆっくりと足音を響かせながら、ベッドへと近づいてくる。
リズはそれにすらも無反応だ。まるで心がここにはないように。
「……顔色が悪いね、シアン。食事はちゃんととっているかい」
「…どの口が。すべての元凶はおまえだろう…!」
何を、飄々と。
捕えた敵国の相手、国王に向かってとんだ戯言を。
皮肉を込めて笑いを返す。
離れる前とまるで変わらないその様子は、シエルがまだこの城に居た時と――共に学び、この国を背負っていた時と同じもの。
せめて敵だと思わせてくれ。
おまえが奪ったものの大きさを、ちゃんと自分にはからせてくれ。
じゃないと揺らぐ。決心が。
自分はこの、血の半分しか繋がらない、それでも半分は繋がった兄が――嫌いではなかった。
好きだったのだ。この兄が。
おれには優しかった。
国民にも愛されていた。
海を、神々を誰よりも敬っていた。
それなのに、何故。
だがすべてはこの国が招いたこと。
無実の罪を問われ国を追われた兄が、この国を、おれを恨もうと不思議ではないのだろう。
それが理解できないほど子供ではない。
もう別れを嘆き泣いていたあの頃のような。何の権力も力も持たなかった子供ではないのだ。
おれがこの国の王なのだから。
「五日後。両国の国境海域にて、攻撃を開始する。開戦だ」