アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
「……シア…?」
ひどく警戒した雰囲気のレイズに連れてこられた、船の甲板。
そこには居るはずのない人が居た。
お城に居るはずのひと。
この国のただひとりの王様。
決してこんな人前には出て来てはいけない人だ。
シアと最後に話したのはいつだったろう。
ただ、いつも離れた場所に居るシアとの交信に使っていた白いカラス。それを見たのはもう随分前のことのような気がした。
だけど、最後。シアの白いカラスのその向こうに居たのは、シアではなかった。
今は敵となってしまった、シアの義理のお兄さん――シエルさん。
シアの代わりにそこに彼が居るということは、シアの元にシエルさんが現れたということだ。
その時はまだ、シアの身を案じることもできた。最悪の事態を想像さえもした。
だけどその後は。
ジャスパーを失った哀しみに、他のことを考える余裕など一切なかった。
なんて薄情だったんだろう。
でも、今、こうして。
目の前に居ることを頭が認識して。
無事で良かった。
ただ、それだけが胸に沸いた。
その姿は馴染んだこどもの姿ではなく、本来のシアの姿。
この姿で会うのはまだ二度目。それでも確かにシアが、そこに居た。
「……っ、…」
思わず、視線を逸らしてしまったのは、自分でも形容し難い感情が喉元に沸いたからだった。
上手く言葉が出てこない。足も手も動かない。
咄嗟にあたしはシアの視線から逃げるように、レイズの影に隠れてしまった。ぎゅっと、その手を握って。
せっかくシアが会いにきてくれたのに。
きっとそれは簡単なことではなかったはずだ。それくらい分かる。
なのに、どうして。
ぐ、っと。握られていた手に力が篭る。
ふと隣りを見上げると、警戒心を解かないレイズがシアを思い切り睨みつけていた。
おそらくあたしの態度のせいだ。
完全に敵意が滲み出ている。
シアはその姿を晒している。
相手がどんな立場の誰であるかは、レイズも、そしてここに居る誰もが解っているだろう。
なのに、どうして誰もレイズを諌めないのか。
本来ならこんな態度をとったら命すら危うい相手。
例えそんなことシアはしなくても、立場というものがある。
僅かにできた人だかりの中心に居るのはシア。その後方でぴったりとシアに寄り添っているのがリシュカさんだとすぐに分かった。
近くにはひどく複雑な顔をしたクオンとイリヤ。それから船のみんなも居る。
みんなその顔に浮かんでいるのは警戒と心配の色。それはおそらく、あたしの身を案じて。
シアとあたしの関係を、殆どの皆は知らない。
とにかく、ただ。守る為にここに居る。例え相手が誰であろうと。
そうやってあたしは無自覚に、たくさんの人に守られて、心をもらって。
今ならようやく分かる。シアの気持ちが少しだけ。
守るには責任が要る。
守る為には時には誰かを傷つけ、奪うことになる。自らが。
守られるには覚悟が要る。
自分の為に誰かが傷つき、奪われることになる。誰かが。
どちらも何かを失う行為だ。
あたしが解っていなかっただけ。
最後は誰もがひとりになる。
シアはきっともうずっと。
そうして何かを手離し失いながら、この国を守ってきたのだろう。
あたしに、本当に…彼が守れるのか。
そう約束した心に嘘はない。だけど。
彼をひとりにする覚悟が、今のあたしにはない。
たったひとりの仲間すら守れずに失った。
自分の身さえ守れない。
力の制御も上手くできない。
暴走したら今度は――誰かを傷つけてしまうだけかもしれない。
自信がない。
こわい。
もしもその刃が、大事なひとに向いたりしたら。
シアに向いたりしたら――
こわい。
奪われるのはもういやだ。
そして、何かを、誰かを奪うことが。
こわくてこわくて堪らない。
彼の傍に居る資格が。
その覚悟が、今のあたしにはない気がした。