アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
捲し立てるように一息に、そう吐き出した海里は肩で息をして、グラスの水を今度は飲み干す。
空になったそれを音を立ててテーブルに置き、その視線を再びあたしに向けた。
いつも向けられていた瞳(め)と同じもの。
その瞳にはもう怯まない。
こわいと思っていたのは、何も知らない、分からないから。
今ここに曝け出されたものに、こわいものなんてひとつもない。
だから目を逸らさない。
ここまでそうして周りの人たちを傷つけ続けてきたのだから。
「ぼくはあなたを、許さない。この家でそれが、ぼくの役目だ。また勝手に逃げだしたり目を逸らしてみんなを傷つけることがないように。ぼくは、あなたから決して逃げずに、ずっと見張り続けてやる」
つまりはまさかのストーカー宣言に、一瞬目を瞬かせて。
それから思わず片手で目元を覆う。口元には苦笑い。
一気に呑み込むには時間がかかる。
先にぽろりとまた、涙がこぼれた。
それは、もう。
とにかくここに居ろって、言ってくれているようなもの。
そんな兄の姿に、何を思ったのか。
続いたのは湊だった。
こくこくとお味噌汁を飲み干して、テーブルに置いて。
それから僅かばかりの間を置いて、その視線をあたしに向ける。
「…あたしは…あたしも。お父さんのほうが良いこととか、たくさんある。だってあたしの、お父さんだもん。顔とか声とか、死んじゃったお父さんのほうが、今だってぜんぜん、好きだけど…でも、今は。帰ってきたら、お母さんが家に居るようになったこととか、お休みの日に、公園にみんなで行けることとか、そういうのが、一番良いって、思ったの。一番大事だって。あたしは、お母さんと、お兄ちゃんと、おとうさんが居れば良いって、そう思ってたから…もう誰にも、あたしの家族をとられたくないって…だけど」
幼さの残る小さなその拳が、震える。
視線がテーブルの上へと落ちていく。
「おとうさんは、みんながいいっていうから。今のままじゃ寂しいって、言うから。あたしじゃ、ダメなのかって、思って…そしたら、不安になって…いっぱい、意地悪しちゃっ……」
言葉の最後は嗚咽に混じる。
こんなに多くを語る湊を見たのは初めてだ。
言葉につかえながらも、それでも本音を心から。
その零れる小さな雫は、テーブルに重なって染み込んでいく。
途中お父さんが少しショックを受けていたのが視界の端に映ったのが面白かった。
あたしは湊達のお父さんの顔を知らないけれど、たぶん知っていたとして、相手がどんなにイケメンだったとしても。
それでもやっぱり、お父さんを選んでしまうと思う。
きっとそういうものなんだ。
この家にあったいくつかのもの。
お母さんが亡くなって少し減って。
今度は家族が増えて、古いものは新しくなった。
そんな中残ったものだけは、きっとこれから先も決して変わらずそこにあるものなんだ。
何故だか漸く、そう思えた。
「じゃあ次は、お母さんね」
言って、まだお味噌汁の残るお椀を両手の平の中に収めながら、お義母さんはみんなの視線を受ける。
視線は手元に残したまま、それぞれの心の内には、誰も何も返さない。
おそらく皆それを感じ取っていた。
ただ、聞くだけの場なのだと。
「これは、おとうさんにもまだ言ってないことなんだけれど…」
予想外の切り口に、真っ先にお父さんが目を丸くしてお義母さんの横顔を凝視している。
それを難なく受け流して、その視線をまっすぐ、あたしに向けた。
「実は、私。真那(まな)さんにも、それから真魚ちゃんにも。むかし会ったことがあります。――病院で」