アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


「……!」


 初めて聞くあたしの本心に、お父さんの息を呑む気配。
 だけど言葉は発しない。慰めの言葉も擁護も否定も。
 それが暗黙のルール。
 あたしは続ける。

「生まれてきて良かったなんてそんなこと、思えない。だって現実に、お母さんが死んで、お父さんが……」

 違う。
 誰かの為にとか、そんなのは全部、建前(たてまえ)だ。
 本当は。ぜんぶ。

「あたし、が……! あたしが、苦しい。つらい。生きていて良かった、って…! 思えない……!」

 お母さんが死んだせいで。
 あたしがお母さんの代わりに生きているせいで。
 本当はそうやって無意識に、押し付けて擦り付けて誤魔化していた。

「死んじゃった、お母さんが…! あたしは許せない……!!」

 ――あの、果たせない約束のように。
 終わらない宝探しのように。
 終わらせることのできないこの想い。

「そんなことを、思ってる、あたし自身が一番…っ」

 …お母さんを、大切なふりをして。
 あたしはずっとそうやって、あたしを傷つけた相手を、憎み続けていた。
 同情の目を向けられながらそれを利用して。
 傷ついているふりをして。
 必死に押し隠していた醜い感情。

 きらい。きらい。お母さんなんか、
 ――だって、どうしたって、もう。
 終わらせることなんて、できないのだから。

 そんな最低なこと、誰にも言えない。
 言えるはずがない。
 だからすり替えた。
 ひとりぼっちのふりをして。

 たぶん、あたしは。
 この想いを他の誰でもないお母さんに伝えるまで。
 救われないのだろう。きっと。
 救いのないものをこうして、抱え続けていくのだろう。

 だけど、そんなあたしに。
 家族だよ、って。
 言ってくれたひと達が居る。

「大嫌い、あたしは、自分が、いちばん…! でも、そんな、あたしでも…!」

 本当のあたしを、彼は知っていたんだろうか。
 もしかしてあたしのこのきたなくて卑劣な心も全部、見透かされていたのかな。
 どうしてだか分からないけれど、あの世界ではこんなに重たい悩みさえ、ひどくちっぽけなことなのかもしれないと、そう思えた自分が居た。

 あの、青の世界。
 あたしのことを大切だと言ってくれた、大切なひと達――

 ――ジャスパー。
 約束を、守らなければ。

 みっともないけれど。
 恥ずかしいけれど。
 弱くて醜い心を晒すのは、とても怖いけれど。
 だけどあたしはこの心を、みんなに分けたんだ。
 弱さも醜さも汚さも、全部分け合って呑み込んだ。

 だったら、あたしは。
 それに恥じない自分に、ならなくては。
 例えもう、届かなくても。

「…好きに、なって欲しい。嫌いにならないで、いて欲しい。あたしは多分、ぜんぜん、良い子でもなんでもないけれど…それでも、ぜんぶ、まとめて…」

 無意識に、ゆっくりと、顔を上げた。
 零れるものすべてそのままに。

 あたしが求めていたもの。
 あたし自身がその答えを、こうして見つけたことに、今やっと気付いた。
 
 その願いは、身勝手なのだろうか。
 押し付けだろうか。
 …重荷だろうか。

 だけど世界の誰もがきっと、願わずにはいられないもの。
 それを実際どれくらいの人が、口にするだろう。
 臆面もなく、今のあたしのように。


「――愛して、ほしい。そうしたらあたしはいくらでも、強くなれるから」


 あの世界でしった、一番大切なこと。
 求めることは、生きる糧だ。
 そして同時に求められるということは、希望にもなる。

 だから生きていける。
 だから、生きていく。


 ようやく見えた一筋の光。
 そっと頬を滑る涙の雫に、何故だかとても懐かしい温もりが触れた気がした。

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