アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
同じ制服を着て、同じ世界の、同じ場所から来たひと。
そして異なる世界で出会った。敵として。
だけど何故かいま、こうしてまた同じ世界の同じ場所にいる。
なんだかひどく不思議だ。
薄いメガネのレンズ越しにあたしを見下ろすその冷たい瞳。
何故だかもうひとつの世界での彼のほうが、もっと熱のある瞳をしていた気がした。
「…どうして、ここに…」
あの世界――シェルスフィアで出会ったリュウは、確か2年前にシェルスフィアにきたと言っていた気がする。
そしてリュウのネクタイの色は、あたしとは別の学年を示す色。
そうすると少なくとも年上、つまりはもうこの学校に在学はしていないはずだ。
ただ傍目にはそれは分からないので、違和感があるわけではない。
リュウは不機嫌そうに視線を周辺に巡らせて、それからその威圧的な視線であたしの目の前の席に座っていた凪沙に無言で退席を促す。
流石に上級生であるリュウの高圧的な態度にたじろいだ凪沙は、仕方なさそうに席を開けた。
そこに当然のようにリュウが腰を下ろす。
あたしの周りを囲っていた加南や早帆たちが、口を挟むべきかを迷いながらも、リュウの態度に気圧されて噤んでいるのが分かった。
ただひとり、七瀬だけは。
あたしの隣りから譲らずなりゆきを見守っている。
「内緒話もできない。相変わらず鬱陶しい場所だなここは」
心底つまらそうに呟いたリュウの視線は七瀬に、そしておそらく心は別の場所にある。
遠回しに七瀬にも「どけ」と言っているのが、あたしにも、おそらく七瀬にも分かっていた。
だけどやっぱり七瀬は退かない。
その様子にリュウは分かり易く眉間に皺を寄せたまま、ため息交じりにメガネのフレームを押し上げた。
“ここ”とリュウが指したのは、この場所や学校という場所ではなく、この世界そのものを疎んでいるのだと、リュウの言葉の端々に滲んでいた。
そうだ。リュウは。
自らこの世界を捨てて、別の世界に居場所を見つけたひと。
尚更、何故。ここに。
「お前も、気付いていただろう。こことあちらとの、時間のずれを」
周囲の雑音も気配も好奇の視線もすべてリュウは意識の外に置いて、あたしに向かってそう切り出した。
思わずその顔を凝視する。
何の話かは嫌でも分かった。
聞かれても誤魔化せる程度に言葉を濁したそれは、今は聞きたくてだけど聞きたくない話。
なのにあたしは視線を、逸らせない。
決して耳を塞ぐこともリュウの口を塞ぐこともできない。
深刻な面持ちで話し始めたあたし達に、遠巻きに見ていた好奇視線も徐々に剥がれる。
興味が余所に移っていくのが分かった。
一部を除いて。
「あちらでの2年。だけどこちらでは、1か月も経っていなかった」
「……!」
――そうだ。
ふたつの世界を行き来するなかで、何度も頭を抱えた時間のずれ。
法則性があるのかは分からない。
だけどふたつの世界の間には、どうしても生じる“ずれ”があった。
「…セレスが、言うには。いちばん始め、この世界を繋いだ“女神リズ”の扉を、再度繋げられるものは本人より他にいなかった。だけどその力を継いだトリティアが、どうしても扉を繋ぐ為、契約より解放された後に幾度となくこの世界に穴を開けた。だけど不完全なその穴は、時間のずれという不和を生む。トリティアひとりでは完全には繋ぐことはできなかった」
――その、一番はじめがいつなのか、すぐに分かった。
いちばん始め。
すべての始まり。
それはリズさんと、お母さんとの出会い。