アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
『ぼくらの生きる世界と、きみが喚(よ)び出されたあの世界は、確かにとても近い場所にある。世界を隔てどあの海は、ぼくが創らせたものだから。だけど極力人間との干渉を避けてきた。シェルスフィア王家の建国時の、あの戦争に…マナが巻き込まれたと知るまでは』
「…でも、シェルスフィアの建国は、900年も前だって…」
『そう…マナがシェルスフィアに喚ばれたのは900年前。ぼくらが初めて会ったのは1000年前。時間の進み方はそれぞれ違う。そして異なる世界に干渉することによるずれは、マナを中心として大きくなった』
「…じゃあ、本当に、お母さんが…」
イリヤが言っていた、“伝承の少女”…?
戸惑い言葉にすることを躊躇うあたしに、エリオナスは見透かすように笑って見せた。
『そして皮肉にも…あの国が今亡びようとしている時。今度はきみが、喚び出された』
そんな、永い時をかけて、お母さんとあたしが繋がったことの意味を。
あたしは何故か知っているような気がした。
お母さんがシェルスフィア建国に携わり、そしてあたしが――
『おそらくあの国に終止符を打つのはきみだ。他人の力ばかりに縋ったあの国が、これ以上生き残る術はない。救うばかりではないはずだ。人であり、神の魂をももつきみだからこそ…マナがきっとそれを望んでいる。マナの代わりにきみが…あの国を亡ぼすんだ』
エリオナスがまるで甘い響きを孕んだ声音で、あたしの思考を仄暗(ほのぐら)い底へと導く。
あの国を…シェルスフィアを亡ぼす。
それが、お母さんの望み。
そうだ。
何故なら、お母さんは。
あの国の王を、とても憎んでいた。
大事なものすべてを奪われたからだ。
友達だと思っていたのに。だから力を貸したのに。
約束が違う。
みんな幸せになるはずだった。
――あたしさえ、ガマンすれば。
あたし…?
ちがう、これは、お母さんの。
この溢れる怒りと嘆きと哀しみは、お母さんのもの。
ぎゅっと、いつの間にか握りしめた拳の中。
シアの短剣と、そして。
ふたつの貴石が淡い光を放っていた。
ひとつは、あたしの。お母さんからもらったもの。
そしてもうひとつはお母さんの。あたしが勝手にお母さんから奪ったもの。
よく見ると僅かに輝きの違うそのふたつ。
そうか、これは。
お母さんの心。
はるか遠いむかしの記憶。
あの時封じ込めた、お母さんの本当の――
「…お母さんの、本当の気持ちは…」
――かなわない、想いだった。
だけどお母さんは、みんな大切だった。
みんなに幸せになってもらいたかった。
だから自分の心を犠牲にした。
『…マナが…本当に愛していたのは…?』
エリオナスがやさしい声で、そっと続きを導くように促す。
慈愛を無理やり象ったような笑みを浮かべながら。
きっとずっと、知りたかったその答え。
彼はお母さんに、愛されたかった。
どれほど時間がかかっても、永遠などなくても。
ああ、だけど、なんて。
真実は時に残酷だ。
誰にとっても平等なものなんて、きっとありはしないのだ。
お母さんが、本当に愛していたのは
『――――アタシだよ』
自分の背後から、突然その声が降ってくる。
振り返り見上げたそこに、ゆらりと揺らぐ陽炎。
半分以上透けたそのすがた。
ずっとあたしの傍に居た――
「…リズさん…?」
『…マナの、むすめ。名前はなんと言ったか…』
「…真魚…マオ、です」
『…マオ。アタシの本当の名を呼びな。アンタなら知ってるはずだ。マナのむすめの、アンタなら』
輪郭をなんとか留める程度の不安定なかたちで、リズさんは強いその眼差しをあたしに向ける。
あたしはそれを受けながら、無意識に口から言葉が零れていた。
エリオナスはもう。わらってはいない。
「――リリス…」
お母さんの愛した
ただひとりの相手。