アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
目を瞬かせながら思わず凝視する。
突然現れた、その存在。
同じ制服を着ていることからも、自分と同じ年くらいだろうか。
相手も状況を理解できていないような、驚きに目を丸くしたままの顔であたしを見つめている。
あたしも残った剣を抱きながら、石のように見つめ合う。
そんなわけはないと思っていて、だけどそれ以外にはありえないとも思う、矛盾する心。
何故だか涙が溢れていた。瞬きもできずに。
先にその名前を呼んだのは、リズさんだった。
『――…マナ……!』
「……リリ…?」
『…ッ、ほんとうに、アンタは…!』
泣き崩れるようにリズさんが、マナと呼んだ少女に抱きついた。
その姿はリズさんもまた、少女そのもの。
永くを生きたはずの神さまでさえも、声を上げて泣くことがあるのだ。
「リリ、なんでそんなボロボロなの? ベリルは…? リオは? いったい、どうなって――」
『…アンタ、全部知る前の思念を、貴石に残していったんだね…』
やはり全く状況を掴みきれていないその様子に、呆れた顔を向けたリズさんが脱力する。
それから動けずにいるあたしを見とめたリズさんが、視線を促した。
マナと呼ばれたその少女が、あたしを再び見つめる。
まっすぐと、揺るぎのないその瞳。
そこに情けない顔をしたあたしが映っていた。
『……アンタの、むすめだよ』
「……え…」
『…遠い、未来から…アンタがここに、導いたんだ。助けてやりな』
「…あたしの…?」
リズさんに背中を押されて、あたしと向き合う。
――お母さん。
まさかこんなかたちで再会するなんて夢にも思わなくて、言葉が出てこない。
その再会が、自分と同じ年頃で、そしておそらく“あたし”を知らない、状況だなんて。
「…そう…あたしの。あたし、子ども産めたんだ。てっきり生む前に死んじゃうと思ってた」
無邪気にそう言って、まじまじとあたしを頭から爪先まで無遠慮な視線が舐め回す。
お母さんというより本当にまだ少女そのもの。
あたしの中に居るお母さんと、まるで違うその様子。
「良かった、ちゃんと。守りきれていたのね、あたし。それだけで十分。きっとあたし、倖せな人生だったわ」
そう言って笑い、背伸びしてそっとあたしの頭を撫でたその仕草。
覚えのあるその手の感触も、声音も。
どこか違うのに、だけど紛れもなくどこかが、お母さんだと感じる。
子どものように泣き出したあたしに、知らないはずなのに、まるですべてを知っているかのように目を細めて。
それからあたしを抱き締めた。華奢なその身体で力いっぱいに。
「“そこ”に、あたしはもう居ないのね。そしてあなたを…きっとたくさん傷つけたのね。だけどここに、来てくれたのね」
…どうして。
何も、言っていないのに。
言えないのに。
「あなたのおかげで、あたしの一番大切なものだけは、大切なひとに届けられた。約束を守れた。ありがとうね、真魚」
「……!」
「あたしの心を、守ってくれて…届けてくれて。ありがとう。きっとあなたのことは、あたしが守るから。いつかのあたしが、あなたに出逢うまで」
お母さん、とは。
やっぱり呼べなかった。
目の前のひとのことを、どうしても。
だけど紛れもなくこの人は、あたしのお母さんなのだ。
どれだけ遠い場所に居ても、どんなかたちでも。
そうしてあたしに、繋いでいるのだ。
その命を。
その想いが今のこのあたしだ。
「どれだけのことを、あなたにしてあげれたかは分からないけど…あなたが助けを求めているなら、最後くらいお母さんらしいこと、しなくちゃね」