アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


 覚悟をもって、せっかく帰したのに。
 これ以上巻き込まない為に、傷つけない為に。
 なのに、何故。
 何故守らせてくれないんだ。
 せめて、おまえくらい。
 大事なひとの、命くらい。

 手の平の中で僅かに振動するそれが、熱を放ち存在を訴える。
 本当に、マオの幸せを望むなら…今すぐ切るべきだ。繋がりなんて。
 解っている。でも。

 彼女のことを思うだけで、こんなにも震える心臓。
 一方的に、無理やりに。別れを伝えた細い指先。離したくなどなかった。
 本当は。望むことすら許されぬおれの、ただひとつ望んだ願い。

 認めたくない。だけど認めざるをえない。
 無力な王のこのおれに、守れるのは所詮たったひとりなのだと。
 その為におれは、すべてを犠牲にしようとしているのだと。
 ひとりで楽になろうとしていたんだと。

 おまえを守ることでおれは、自分だけの心を守っていたんだ。
 
 それでも良い。認めても良い。愚かな王だと罵られても。
 それでも良いから、守らせてくれ。
 それが今のおれに残された、唯一のできることなのだから。

 そう心から思っているはずなのに。
 切れない。おれには、もう。自分からは。
 切れたら今度こそもう二度と繋がらないことを、解っていた。

「…彼女が、くるなら。戦況は変わる。相手の出方も変わる。それまでは保(も)たせてみようじゃないか」

 紛れもなく情けない顔をしているであろうおれを見て、シエルは何故か楽しそうに笑いながら、おれに背を向けた。
 その後ろにリュウが続く。
 開け放たれた扉から嵐の風が吹き込んで、部屋の中で暴れまわる。

「…これが…もし、繋がらなかったら…」
「おまえ次第だ。マオの心はもう…こちらに向いている。あんたの方に。あとはあんたがどうしたいかだ」

 おれの、心。

「…おれは…」

 守りたい。おれの命などどうでも良い。
 でも。
 それを彼女が望まないなら。
 ひとりで死なせてくれないなら。

「…マオ、おれは」

 やがてその振動が、一瞬の反応を置いて止まった。
 聞き慣れぬ音が止み、そしてくぐもってような人の声。
 聞き取りにくいながらも微かに漏れて聞こえる会話。
 その声は、紛れもなくマオのもの。

 繋がったのか。
 おれ達は、どうして。

「――――っ、マオ…?」

 たぶん、これが。
 おれの本心なのだろう。

 はやる心が、その名前を呼ぶ。
 どうしたってきっと。

『……シア…!』

 この涙は止められない。
 きみじゃなければ何の意味もない。

 向こう側で泣いている声が、自分を呼ぶ。
 今すぐ飛んで行って抱き締めることができたなら、どれだけ良いだろう。
 今までそれはできなかった。
 傍に居たくても、会いたくても。
 おれが国王という立場である限り、おれがマオにしてやれることなんて限られている。
 だけど。

 彼女がそれを、望んでくれたら。

 どうしたっておれをひとりで死なせてくれない、きみが。
 どんなに傷ついたっておれの傍に戻ってきてくれる、きみが。

 一緒に生きて、くれたら。
 共に生きてゆけたなら。
 求めてくれるなら、おれは。


「――おれも。死ぬなら、お前の傍が良い」


 死んだっていい。今すぐに。
 この国の為でもなく、きみだけの為にこの命を使いたい。
 それは決して、口にはできない望みだとしても。


 眩む光に目を細める。
 別れを包んだあの時とは、まったく別の光。
 そこに浮かぶ人影が、手を伸ばしているのが見えた。

 求めているのか、差し伸べてくれているものなのか。
 もうおれには解らない。

 一度自ら手離した手をおれは、縋るように必死に抱き寄せていた。
 今度こそもう離さぬように。

 それがおれの答えで
 おれを抱きしめてくれるこの腕の温もりが、
 きみの答えだった。


―――――――…

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