アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


 お母さんが始めたと言っていた。
 エリオナスをかつての孤独から救ったのはお母さんだったのだろう。
 だけど終わらせ方を教えることなく、去ってしまった大事なひと達。
 永遠の檻に閉じ込められているのはエリオナスだけ。
 彼という存在自体が、永い時間と昔日(せきじつ)の檻から、哀しみに暮れて抜け出せない。

「世界を終わらせるんじゃなくて…あのひとの苦しみを、終わらせてあげたい。じゃないと彼の心は永遠に、すくわれることはない」

 神々という存在は、それを信じる存在がある限り、在り続けることのできる存在だ。
 それは逆に、在り続ける限り終わらないということ。
 哀しみも苦しみもエリオナスはきっと。
 その存在こそが永遠なのだろう。

 終わらせたい。お母さんも望んだこと。
 彼をすくいだしてあげたい。
 永く昏(くら)い孤独から。
 孤独だと思っているこの世界から。

 きっと最初は、光のようだったはずだ。
 その感情は、希望だったはずだ。
 ひとりではないということは。

「彼の中で愛というものが、哀しみにかわってしまう前に…愛することも愛されることも、ひとりじゃできないって教えたい」


『――きみはどうあっても。救う側の存在というわけだね、マオ』


 応えたのは。
 その場には居なかったはずの、エリオナスだった。
 いつの間にかすぐ近く、手を伸ばせば届くほどの距離で、あたしをまっすぐ見下ろしている。その冷たい瞳で。

 あの箱庭…エリオナスの追憶の浜辺で対峙した時のような、あたしを求める想いはもう感じられない。
 おそらく、エリオナスも行ってきたのだろう。あの場所の異変を感じて。
 最後、あそこに居たのはリズさんとお母さんと、そして――

『ぼくを救うとでも言うのかい…? きみに何ができるというんだ。マナの代わりにもなれないきみに』
「…あたしにしかできないことがある」

 神さまは皆。
 ひとつの貴石から生まれてくる。
 それはきっとエリオナスも同じこと。
 そして砕いた彼の欠片が、魂と共に子ども達へと受け継がれた。

「あなたからもらったものは、全部返す。あなたが、“神さま”である必要は、もうないように」
『……どういう、意味だい』
「はじめ、あなたは。神さまではなかったはず。お母さんと出会ったとき。だけどお母さんと出会って…ひとりを知り。孤独をおそれて“誰か”を望んだ。その一番初めはお母さんで、それがすべての始まりだった」

 お母さんが残した貴石のなか、そこには僅かに記憶があった。
 いちばんはじめ、あの浜辺でのエリオナスとの出会い。
 ――まだ幼かったお母さんが、望んだこと。
 不自由で生き難さを感じていてお母さんが、願っていたこと。

『――どこか別の、世界に行きたい。この世界に居ても、自由に泳げない。生きられない。お母さんや先生に制限される。もっと別の、体が良かった…だけど神さまは叶えてくれない。ずっとそう思ってた。…でも。もしかしてあなたは、あたしの願いを叶えにきてくれた、神さまなの…?』

 エリオナスの存在は、お母さんにとって希望だった。
 それはきっと間違いないはずなんだ。

『……そうだ。ぼくは。マナの願いを…叶える為に。この力を使おうと決めた。神さまになってあげようと。マナの、マナだけの…』
「でも、もういいの。今度はあなたが…願いを叶えられる番」

 祈りを込めて握った拳。
 差し出した両手の平。
 そこには、ひとつの貴石。
 ぼんやりと光を放つその光は、エリオナスが放つそれを同じ色だった。
 
 ――みっつに分かたれた、お母さんの貴石。
 あれを見たときに思ったのだ。
 こうして意思は、受け継がれたのだと。

 お母さんが自分の想いを、記憶を、思念を宿して取り出したように。
 あたしにもきっと、同じことができると思った。
 そしておそらくエリオナスも、トリティア達も。
 かつてエリオナスが同じように自分の中から思いを砕き、そして子ども達を生み出した。

 だからそれがまた、ひとつになれば。
 エリオナスは本来の姿に…あるべき姿に戻れるはず。
 お母さんがほんの一時、時空を越えて甦ったように。
 神さまとしてこの世界に、捕らわれる前の存在に。

「これを、あなたに返しても。あたし達は居なくなったりしない。あなたを忘れたりしない。あなたがあたし達にくれたものは、これだけじゃないのだから。あなたが父であることに変わりはない。でも」

 あたしの想いに呼応するように、ひとつ、またひとつと。その場に淡い光が灯る。
 はじめはアトラスが、そして続いてセレスが。
 半信半疑ながらも自らの内からその存在を手繰り寄せ、その欠片を貴石にする。
 それぞれにおそらく秘められた、エリオナスの心の欠片。
 周りを囲っていた他の神々が、それぞれの貴石を手にエリオナスを見つめていた。
 それが彼らの答えであり、望みでもあった。

「いつか子どもは親の手を離れる」

 別れではない。
 でも。
 ずっと一緒には、居られない。
 やがて別れの時はくる。
 たとえどんなに愛していても。

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