アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
ひやりとした感触が腹を撫でる。
思わずびくりと体が跳ねた。
レイズは多くの装飾品を身に着けていて、指先や手首にもそれはたくさんあって。晒された肌にそれが不愉快だった。
触られるのが、イヤだった。
「……何も泣くこと無ぇだろ。こんなのたいしたことじゃない。痕が残るわけでもねぇし」
「…うるさい、もうあんたの言うことなんか信じない…!」
体の輪郭をなぞるように撫でていた手が、心臓の上で止まる。
どくどくと、熱く脈打つ鼓動。自分でも痛いくらいにそれを感じた。
ギシリと、レイズが体勢を変える気配を空気越しに感じる。
固く瞑った瞼の向こうで、もうその瞳も光景も見る気はなかった。
「…ガキに興味は無ぇが、なるほどベッドの上で泣かれると、それなりにそそる」
ふ、と吐息が落ちてくる。
それはどこか小馬鹿にしたような。
だけど同時に拘束が僅かに緩む気配がした。
「仕方ねぇな、心臓だけでカンベンしてやる」
呆れるように言ったレイズの言葉が上手く理解できず、間を置いてゆっくりと目を開いた。
自分を見下ろすその藍色の目に宿る光は真剣な色。
その手が一瞬、離れる。
それから今度は同じ場所に指先が触れた。
心臓の真上。
「…っ」
肌をなぞるくすぐったさに、肩を竦める。
冷たい。だけど装飾品の冷たさじゃない。
「動くなっつってんだろ」
ぴしゃりと言われて、それからおそるおそるその指が触れている先に視線を向ける。
レイズの腕が自分の胸に伸び、その指先が心臓の上の肌をなぞっていた。
ゆっくりと押し付けられる指の感触が、次第に熱を帯びる。
もう片方の手に何かを持っていることに今初めて気付いた。
何かの容器だ。レイズの手の平に収まるくらいの、お椀のような器。
そこに右手の指を入れ、また心臓の上に戻ってくる。
ポタリと肌に落ちる液体の感触。
それはここに来るまでに幾度も見た色で、そして目の前のレイズの肌にも多く刻まれている色だった。
「本来は日に焼いた方がもつんだがな。まぁどうせ水ですぐ落ちちまうけど」
「……刺青(いれずみ)…?」
「別に本当に彫るワケじゃねぇ。呪(まじない)だ。心臓や急所、肌の露出した部分に描くのが一番だが、そんなにイヤがるなら心臓だけにしといてやる。その代り極力肌出すなよ。もってかれるぞ」
言いながらレイズは真剣な目で、おそらくその肌にもあるような複雑な紋様を慣れた手つきであたしの肌に描いている。
あたしの心臓の、真上。
守るために。
『マオのは、きっとキャプテンがいれてくれますよ。乗船の最初の儀式みたいなものですから』
ジャスパーが言っていた言葉を思い出す。
そうこれは、この船の船長であるレイズの、仕事なんだ。
「…………」
どっと力が抜けるのを感じる。
それから自分の思い込みの激しさと、想像力の逞しさに言葉を失った。
一番最悪の想像をしていた。
だけどレイズが与えてくれたのは、それとはまったく正反対のものだった。