アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


「船でのおまえの役割は、魔力感知だ。魔導師なら見習いだろうと修行中だろうとできるだろ」
「…え…」

 レイズが腕を止めずに言った言葉を、一瞬聞き逃す。
 思考が上手くまとまらなかった。顔があつい。それからレイズに触れられている部分も。

「港まではまだ3日ある。この海域はまだ船属魔導師なしではキツいと思ってたところだ。何しろほとんどの船員が魔力を持ってないしな。無事港まで着けたら、そこでお前を解放してやってもいい。所属先や雇い先を探してるんならそのまま置いてやってもいい」
「…えっと…」

 おそらくこれは、仕事の話なのだろう。
 混乱していた頭が少しずつ冷静になってくる。
 だけどやっぱりこんな時、この世界の情報の疎さばかりが露見してしまう。

「…なんだその反応。おまえ、師はいねぇのか?」
「えっと、ちょっと辺境の地にいたもので…」

 あたしの言葉にレイズはぴたりと指を止め、じろりとあたしを見据えた。

「…まさか他国のスパイとかじゃねぇだろうな…」
「え、あ、それは違う! …えっと、国の情報には、疎くて…」

 そうか、シェルスフィアは海に囲まれた国だと言っていた。
 いわば島国だ。海を挟んだ先は別の国の海域なんだ。
 確かにそうすると、自分は怪しいことこの上ないだろう。

「…まぁ、いい。地域によっちゃ閉鎖的な村や種族も居るしな。おまえ恰好も変わってたし。特に魔力を持って生まれる人間は、血統が多い。成人するまでは外界との接触を断つ村もあるらしいし。じゃあ教えてやる。この国の魔導師の所属は2種類だ。王国直属か、船乗り所属か。よっぽっど有能なヤツは大抵王族やら貴族に仕えちまうがな。だけどシェルスフィアは船乗りの国だ。船乗りの仕事は海にある。だが海には多くの神と精霊が居る。ヤツらは船を襲い指針を狂わせる。だから魔導師の力が必要だ。この国じゃ船には必ずひとりは、魔導師を乗せる義務がある」

 言葉と共に、レイズの作業も再開する。
 あたしはただ黙ってそれを受け入れた。

「結界張れとかそこまでは求めねぇ。おまえがそこまで有能そうにも見えねぇし。だけど魔力を持つ者なら、ヤツらの力を感知できるだろ。そこまででいい。危険だと思ったら報せろ。後は俺がなんとかする」

 …魔力感知。海にいるという精霊や、神々の気配を感じたら、報せる。
 できるだろうか、あたしに。
 そんな、今までやったことがないようなこと。

「……、感知が遅れたり、できなかったりしたら…」
「船の全員が死ぬ。言ったろ、ほとんどの船員が魔力を持ってないし、ごくわずかに素質のあるヤツもいるが、途絶えた血統の隠れた生き残りか、ごく稀に居る天賦の才だ。魔導師の教えを受けていない。現状俺たちができるのは、危険回避のみだ。それが遅れたら全員死ぬだけだ」
「……!」

 そんなの、重すぎる。
 いきなりこの船の全員の命を背負わされるなんて。
 今さらながらに魔導師だなんて嘘をついたことを後悔する。
 だけどここまで来て撤回できる空気じゃない。

 この世界に来て魔法や魔力には何度か触れた。
 自分の中に居るというその存在も、感じることはできる。
 だけどそれはあちらから接触がある時のみだ。
 自分から望んで関わろうとしたわけではない。
 すべて不可抗力だ。

「……別に、おまえひとりにそこまでの責任を負わせようとは思ってねぇよ。船長は俺だ。この船の責任はすべて俺にある」

 言うのと同時に鎖骨にまで伸びていたレイズの指が肌から離れる。
 「少し乾かすから動くなよ」と言われ、あたしはまだ動けない。

「多少の失敗は譲歩してやる。まだガキみてぇだし。ただ、努力はしろ」

 …レイズの言う通りだ。

 ここまでのすべてが、不本意だったわけではない。
 少なくともここに、シェルスフィアにもう一度来ることを望んだのは自分だ。

 ジャラリと頭の上で音が鳴る。
 頭の上で縛られた腕の、ジャスパーにもらったブレスレット。魔除けのお守りだ。

 ジャスパーもレイズも、少なくともこんな見ず知らずのあたしに守りをくれている。
 あたしにはそれに報いる義務がある。

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