アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
レイズが教えてくれた内容はいろいろと衝撃的だった。
隣国の王女との婚約、もしくは戦争。
事態は最悪な方向へと近づいているのだろうか。
シアはそんな状況の真っ只中に居る。
だけど何より一番にあたしの意識がもっていかれたのは、その数字、年齢にだった。
「17? 17歳ってこと? シ、じゃない、国王陛下は17歳なの?」
「なんだよ急に、だから明日を迎えて17になるんだよ。正直俺は幼い頃の顔しか見たことないが、王族一の美貌だと聞く。最後に国民に姿を見せたのは2年前だが、あの頃よりも大人になっているはずだ。明日の式典の映像が広場で見られるから皆そういう意味でも注目してんだろ」
17歳?
ということは、あたしよりも年上?
――あの、シアが?
レイズの口から出た名前は、確かにシア本人から聞いた名前だ。
シアが偽っているとも、レイズが間違っているとも思えない。
頭の中でシアの姿を思い起こす。
あたしよりも目線は低く、口調よりも幼いと思った横顔。
物言いこそ上から目線だったけれど、王族なのだからと思えば気にはならなかった。
あたしの目に映るシアは、少なくとも17歳には見えない。
それどころか15歳にすら見えなかった、そう、もっと年下だと。
11~12歳くらいの、男の子だった。
ずっとそう思っていた。
「だ、だまされた…」
「? なに言ってんだおまえ」
「なんでもない…」
シアへの印象が覆されたことに衝撃を走らせると同時に、シアの言葉をふと思い出す。
『リズとリシュカのお陰で進行を遅らせる術をかけている。反作用もあったりと厄介だが、すぐには死なないさ』
そうか、確かそんなことを言っていた。
シアのあの姿は、迫りくる死の呪いと、そしてそれを抑える術がかけられた後の姿なんだ。
あたしが勝手に見た目でシアを子どもだと思い込んで、勝手に同情したりして。
バカだな、ホント。
それでシア自身の何かが変わるわけじゃない。
その背に背負うものもまっすぐなその心も、シアだ。
「――で、おまえ、どうするんだ。港に着いたら」
ふと、レイズが話題を変える。その視線をあたしに向けながら。
あたし達を残したのはその確認の為だったんだと悟る。
ルチルとレピドの無言の視線も黙って答えを待っていた。
少しだけ間を置いて、だけど用意しておいた答えをまっすぐレイズに返した。
あたしの心も、決まっていた。
「船を降りるよ。もと居た場所に戻る。それがあたしにとっては、一番良いと思うから」
「……そうか」
「うん、ありがとう、レイズ。この船い置いてくれて。とても助かったし、命を救ってもらったことは感謝してる。恩を返しきれなくて、ごめん」
言ってレイズに向かって頭を下げる。
結局あたしはこの船で、ほとんど何の役にも立たなかった。
「…バカ、頭上げろ。おまえにはこっちも助けられた」
「そう、かな…何もしてないよ」
「航海の途中で専属の魔導師を失ったのは俺の責任だ。海の真ん中で魔導師の保護を失うのは船乗り達にとって恐怖だ。おまえの存在は船員達の心を支えてくれた。おまえに出会えたのは、俺にとってもこの船にとっても幸運だった」
いつも意地悪顔のレイズが、そう言って少し表情を崩す。
それを見てあたしもようやく少しだけ心が晴れた。
握っていた拳と頬が緩む。
それからレイズは表情を引き締め、ルチルとレピドに向き直る。
その手がバンっと勢いよくあたしの背を叩いて。
「マオの降船を許可する」
レイズの言葉にふたりは頷いた。
「サー、キャプテン」
じんと熱くなる背中。
それと同時に目の奥が熱くなる。
こんなの不意打ちで、ちょっと卑怯だ。
レピドとルチルが目の前で優しく笑いかけてくれていて、泣くのはなんとか堪えられた。
「残念です、マオ。皆あなたを気にいっていました。ジャスパーが寂しがります」
「レイもな。ふたりのかけあいを見てるのは楽しかった。船を降りてもオレ達は家族だ、忘れるな」
この船の数十人いる船員の中ではここに居る3人とジャスパーが、一番あたしを気にかけてくれていた。
いきなり来たあたしを、本当の家族みたいに。
この船の人達は皆、他人のあたしに優しくしてくれた。
それが本当に嬉しかった。
「つってもまぁイベルグまではまだある。港まで気を抜くなよ、マオ」
そう言ったレイズの言葉と
『――マオ!』
あたしを呼ぶその声があたしの耳に届いたのは、ほぼ同時だった。
『何か来るぞ…!』
それは船のマストに居た白いカラスから、直接あたしの元へと届いたシアの声だった。
聞き間違えることのないその声。その声はあたしに、あたしだけに聞こえている。
緊迫感を纏ったそれにひかれるように、ブリッジの窓から船の前方に視線を向ける。
違う、ほぼ無意識に、吸い寄せられるように。
意識がそこに向かう。
「――マオ?」
怪訝そうなレイズの声が、遠い。
ビリビリと、指先が震えた。
鼓動がはやまる。
こんな感覚は初めてだった。
視線の先には、快晴の空。
船の柱にかかる旗が風に揺らめく。
「レイズ」
あたしの様子にレイズが何かを感じ取ったようにルチルとレピドに目配せした。
ふたりはそれを受けてすぐさまブリッジから駆け出ていく。
「――くる」
あたしがそう言ったのと、外の風が止んだのが、ほぼ同時だった。