アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~

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「イベルグは一番王都に近い港ですから、一番栄えているんです。人の出入りも一番多いし、珍しいものもすべてここに集まります」

 船を降りた目の前に広がるのは、とにかく人の波。それから様々な音の群れ。
 視界はあっという間にいろんな情報で埋め尽くされる。
 港をあげてのお祭りみたいに、あちこちで賑やかに騒いでいる。

「式典の影響もあるんでしょうね。今はこうやって騒いで気を紛らわせないと。皆不安なんです」

 思わずよろめくあたしの手を、ジャスパーが「こっちですよ」とひいてくれた。
 あたしはその手を離さないよう必死に人波をかき分けながら、ジャスパーの背中を追う。

 港に着いて一番に、レイズにお使いを頼まれたのだ。
 そう時間はかからないと言われ、アクアマリー号の船員として最後の仕事だと思い引き受けた。
 ジャスパーと共に向かっているのは、王国が統治する海上船団管理局という場所らしい。

「港に着いた船は、寄港報告をする義務があるんです。それから航海した経路の海上状況報告も。すべての船は等しく一応、王国の所属になっているので」
「…なんか、意外。海賊船って、そういうのに縛られないイメージがあったから…」
「そうですね、実際レイも面倒がってます。だから本人は行かないんですが…でも届出を怠ると、魔導師の斡旋をしてもらえないんです。この国のほとんどの魔導師や神官は王国所属ですから、自分たちで無所属の魔導師を探すのはとても難しいんですよ。その中でも王国直属船は最優先されますから、一般の商船やぼくらみたいな海賊船は高いお金を出して雇うしかないんです。それでも、魔導師なしで海に出るのは命取りですから。この国は海に囲まれていて陸よりも海の領土の方が何倍も多い。王国の船団だけでは海上の監視や治安は追い付きません。実質今、国の船より一般の船の数の方が圧倒的に多いですしね。だから無難なカタチで双方手を打って、後は不干渉がルールなんです。それに殆どの海賊が相手にするのは、国外からの侵略船です。皆シェルスフィアの海でしかとれない貴石を狙ってるんですよ」
「…そうなんだ…」

 そうか、シアが言っていたこの国で海賊の立ち位置が複雑だと言っていたのは、そういうことなのか。
 一応名目上は国が管理はしている。だけど略奪行為に関して容認しているのは、それは国外の略奪者に対してが殆どだから。
 海域の広さと数的に、彼らに頼わざるをえない。
 だから現状、この国の“海賊”は犯罪者とはいえないのだろう。

「局はすぐ近くなんで、帰りに少し出店を見ていきましょう」
「え、でもすぐ戻らないと怒られるんじゃ…」
「大丈夫ですよ、船長命令ですから」
「え…?」

 思わず声をあげたあたしに、ジャスパーは振り返って楽しそうに笑う。
 年相応の無邪気な笑み。
 久しぶりの港とこのお祭りのような雰囲気に、はしゃぐ心がこちらにまで伝染してしまうようだった。

「ぼくの今日の役目は、マオを守ることと楽しませることなんです。ほら、こっちです!」


 ジャスパーの言うとおり、寄港報告はすぐに終わった。
 いつもジャスパーがやっているというだけあって手際も良く、あたしは見ているだけだった。だけど王国が管理しているというだけあり局内はどこか張りつめた空気を感じた。

 海上船団管理局を出た後あたしは、ジャスパーに手をひかれながらお祭りの中心へと足を踏み入れる。
 様々な楽器の音と人の声。
 色とりどりの旗が頭上をはためき、すれ違う人々には笑顔で何やらいろんな物を手渡される。

 焼き菓子やキャンディ、シーグラスの土産物にチラシのような紙。
 あたしはこの世界の文字が読めないのでなんて書いてあるのかは分からないけれど、お店の広告だろう。
 抱えた腕から零しながら、ふたりで出店を見て回った。

 こういう場所で、こういう空気で。
 楽しまないのは損だ。勿体ない。
 知らず笑みは零れるし、隣りのジャスパーの笑顔にも余計につられた。
 レイズの気遣いとジャスパーの存在に、気持ちが救われるのを感じた。

「中央の噴水広場が、一番混雑してるみたいですね。式典の映像が一番大きく流れるんです。実際の式典会場は王都と王城ですから」
「映像が流れるの? ここまで?」

 この世界にテレビやパソコンなんてない。
 遠い場所でやっている式典の映像を、どうやって流すのだろう。
 思わず訊いたあたしに、ジャスパーは笑って答える。

「そこは魔導師の出番です。この国の魔導師は水系の魔法に特化してますから。いくつかの魔法を組み合わせて水をスクリーン代わりにするそうですよ。ぼくは魔法に疎いのでよくわからないのですが。王国所属の魔導師達は術の共有で水を媒介にその映像を中継できるそうなので、広場まで行かなくても見れるみたいですけどね」
「そっか、意外と便利なんだね、魔法…」
「マオがそれを言いますか。見に行きますか? 戻ってくるのも大変ですけど…国王陛下のお姿を拝見できますよ」

 そうか…すっかり忘れてしまっていたけれど、今日はシアの誕生日なんだ。
 シアは今まだ城に居るはず。
 そうすぐには、会えないのかもしれない。

「…ううん、いい。みんな待ってるし」
「…そうですか。じゃあおみやげ買って戻りましょうか」

 シアの姿を一目見たい気持ちはあった。
 だけどなんとなく、見たくない気持ちもあった。
 自分の心の在り処を自分が一番良く分からなかった。

 船で待っている船員達のリクエストの品と、おみやげにドーナツのような揚げ菓子を買う。
 水や食料等の航海に必要なものは次の出航前にまとめて買い出すとのことで、今回の買い出しは個人的なお酒や肉や果物が多い。
 船に長くは置いておけないものなので、港でしか味わえないのかもしれない。

「分船のメンバーとも今日合流する予定なんで、きっとあとでレイから紹介が」

 そう振り返ったジャスパーの顔をあたしはもう。
 確認することは、できなかった。

「…マオ…?」

 その姿が、人波に消えていく。
 あたしは口も自由も封じられて、それを見送ることしかできなかった。


「マオ?!」


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