アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
クオンの言葉にレイズの眉間の皺が一層深くなる。
船を確保しなるべく秘密裏に深層の祠へ行くシナリオを考えたのはリシュカさんだった。
と言っても王国からの通達事項は勿論シアが実際に発令したもので、現状下における被害軽減と船乗りの保護、国民の危険回避の為らしい。
国や戦争に関することは、あたしにはまるで分からないので口出しできない。
現状あたしとクオンは深層の祠に行く必要があり、だけど今国の船を動かすわけには行かない。
アズールに悟られないよう船を北の海に向かわせる必要がある。
その為にレイズ達に協力してもらうことが必要だった。
だけどあたし達が直接シアと繋がっているとここで明かすわけにはいかないので、海上船団管理局からの勅命という形をとることになったのだ。
命令を受けなければ、仕事を失うのと同じこと。
多少強引な手をとらざるをえない状況だった。
「…随分勝手だな。船を出せない船乗りがどうなるか知ってるのか」
「通常でしたら職を失うのと同義で死ぬのと同じことでしょう。しかし現状においては国が待機船の全員を引き取り戦争に向けた準備要員にあてられます」
クオンの言葉に思わずぎょっとする。
そこまではあたしは知らないし、把握してなかった。
つまりここでレイズが断ると、アクアマリー号の船員達は戦争の準備に関わることになる。
それってつまり、戦線に立つ可能性も大いにあり得るってことだ。
思わずレイズの顔を見ると、レイズはまっすぐクオンを見つめたまま思案しているようだった。
命令自体勝手だし納得がいかないのも分かる。
結局船にもレイズ達にもまた、危険な思いをさせてしまう。
――だけど。
「レイズ、あたしからも、お願い。危険な場所だってことは分かってる、だけどどうしても北の祠に行きたいの」
思わず零れたあたしの言葉に、レイズは僅かに目を丸くする。
何かまずいことを言ったのかと少しばかり緊張が走る。
「お前、王国所属になったのか?」
「え、ううん、違うけど…」
「…この“命令”とお前の希望は、別なのか? それとも同じなのか?」
まっすぐ問われ、思わず言葉に詰まる。
王国が統治する海上船団管理局からの依頼は、いわば国家命令にも近い。王国騎士であるクオンがその書状を持ってきたことがその証拠だ。
だけどあたしは、便宜上王国に所属する“魔導師”ではない。
クオンとの関係性自体を問われているのだ。
「…結果的には、同じになるかもしれない。クオンはあたしの師になる人だから。だけどあたしの希望は別の所にもある。あたしはこの船じゃないと、海には出れない。レイズ達の助けが必要なの」
レイズがじっとあたしを見据える。
いつだってその藍色の瞳はあたしの本心を捕えて逃がさない。
嘘や誤魔化しはレイズには通用しない。
だけどそれが当然だ。
命を預けて、そして預けてもらうのだから。
レイズがふ、と息を吐いて表情を崩す。
すべてを受け入れた後の、いつもの勝ち気な笑み。
「いいだろう。現状国の命令なんか聞く気になれないが、“そっち”の依頼なら、受けてやる」
レイズの言葉に身体の力がふっと抜ける。
安堵の息と共に笑みが漏れた。
「ありがとう、レイズ…!」
「詳細は後で聞く。その乗船する国の魔導師ってのは?」
「私です」
レイズの言葉に目の前に居たクオンが口を開く。
それにレイズは再び目を丸めた。
「お前騎士じゃなかったのか」
「魔導師の資格も持っております」
「…マオの師とか言ってたな。北の海がどういう所かはお前も分かってるだろ。当てにはできるのか」
問われたクオンがちらりとあたしの方に視線を向け、すぐにレイズに戻す。
それから相変わらずの無表情で答えた。
「マオの百倍は当てにして頂いて構いません。ご協力頂く代わりにこの船と船員は、必ず守ります」
どことなく嫌味にも思えるクオンの物言い。
だけどそれ以上に、頼もしく思えたのも事実だった。
あたしにはそんなこと、言えない。
誰かを自信を持って守れる力も覚悟も、未だ無い。
だけど、これは自分で選んだことだ。
「…あたしも」
もう分からないとか理不尽だとか卑怯だとか。言っていられない。
覚悟を決めなければ。
「あたしも、守る。できる限りみんなのこと」
いつの間にかアクアマリー号の船のマストに、見慣れた白いカラスがいた。
シアと通じている。
シアが見ていてくれている。
この国を救えるのがシアだけであるように、シアにとってあたしにしかできないことが、あるかもしれない。
この世界できっと、あたしにしかできないことが。
この世界だからできる、何か。あの世界では見つけることのできなかった、何かが。
この海のどこかに。
誰かの中に。
あたしはそれを見つけにゆく。
この海で。