アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
第7章 深層の歌姫

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 北の海、深層の祠への出発は2日後。
 それまでに全船の船員配備が大幅に変更されることになった。
 分船のアクアローゼ号とアクアリリィ号の船員が合流し、今後の方針を話し合う際に決定したことらしい。
 国王からの命令もあり魔導師を2名確保できない船は待機船になる。
 待機船の船員は戦争参加要員になる可能性が高い。

 レイズは船を一隻、捨てることを選んだ。

 アクアリリィ号を廃船にし、アクアマリー号とアクアローゼ号に全船員を再配置することにしたのだ。
 これにより新たな魔導師の確保も船乗り達の待機も回避できる。
 アクアマリー号に乗る船員は各船長達と主要幹部だけで十分に吟味された。

 北の海はとても危険な場所だ。
 本来なら魔導師を増やしたいが、それにはお金が必要で現状それは厳しい。そこはクオンの力を当てにするしかない。
 だけどもうひとつ、船員達の戦闘力補強が必要だった。
 北の海はアズールフェル国境海域間近で、侵略船や略奪船が多い海域で、船乗り達の間では“死の海”と呼ばれていると聞いたのはその時だった。


―――――――…


「もともとぼく達は拾われの身が多いんです。だから戦闘員たちで腕がたつのは実際ごく一部なんです」

 港町へと再び買い出しに来ていたのは、ジャスパーとあたしとクオンだ。
 船出の為の買い出しで、今回は流石に量が多い。クオンは文句を言わず荷物持ちをしてくれている。

「そうなの? 海賊ってみんな、腕っぷしが強いのかと思ってた」
「そのイメージが欲しかったので、そう名乗ってます。実際“略奪行為”もしているので、その認識に嘘は無いですし。でも分かる人には分かりますよ。根っからのケンカ好きとかも居ますけれど、多くは船や仲間を失ったただの船乗りか、もしくは商船や客船に乗っていた一般人ばかりです。漂流船で遭難していた所を助けられたり、他国の略奪船の中で救われたり。海で多くを失った身寄りの無い者達を、レイ達が拾ってくれたんです。ぼくも奴隷として売られるところを助けてもらいました」

 少しだけ先を歩くジャスパーの顔は見えない。
 今度こそはぐれないようにと繋がれた手に熱が籠る。
 もしかしたらそれはあたしの方だったのかもしれない。

「ぼくにはもう家族も居ませんし帰る家もありませんが、レイ達がぼくに居場所と名前と尊厳を与えてくれました。だからぼくはそれに精一杯報いる必要があります。できることはまだごく僅かですが…」

 …奪われた、尊厳。
 人が人を侵し、人間としての尊厳を奪い、売買する。
 まるで本当にマンガや小説の世界みたいだ。遠い遠い世界の出来事みたい。
 だけどここではそれが現実だ。
 そしてトリティアも同じようなことを言っていたことを思い出す。
 トリティア達から尊厳を奪ったのは――誰なんだろう。

「だからマオ、もう絶対に黙って居なくなったりしないでくださいね。ぼくの今の一番の役割は、マオを守ることなんですから」

 くるりと振り返ったジャスパーが、少し怒った顔であたしの顔を覗き込んだ。
 あたしはそれに慌てて首を縦に振る。繋いだ手にぎゅっと力を込めて。

「うん、約束する。もう勝手に居なくなったりしない。本当にごめんなさい」

 あたしの言葉にジャスパーは満足そうに微笑んだ。それにつられるように微笑み返す。

 クオンがシアからの命令であたしの護衛につき、片時も傍を離れようとしないことには気づいていた。
 有り難い気持ちもあるけれど、まるで監視のようで息が詰まる。
 ジャスパーのその言葉の方が、今のあたしにとってはとても頼りになるものだった。

 買い出しから戻る頃には乗船員や配置が決まっているはずだ。今回の配備は戦力重視になる。
 ジャスパーはアクアマリー号の料理長だけど、戦闘員としては戦力外だと以前言っていたのを思い出す。
 他の船に乗っていた同じ役職者と比べたらどうなんだろう。
 遠巻きに見た限りではアクアローゼ号にもアクアリリィ号にも、ジャスパーより年下の船員は居ないように見えた。

 今回の航海ではジャスパーと離れてしまうのだろうか。
 右手にもらったお守りが小さく鳴る。
 船の船員配備についてあたしに口出す権利はひとつも無い。
 だけどジャスパーが居なくなったら寂しい。
 船の上であたしの心を支えてくれたのは紛れもなくジャスパーだ。
 でも、だからこそ。
 今回の危険な航路に、ジャスパーを連れていくことに気が進まないのも事実だった。

 それはきっとレイズも、他の船員達も同じ気持ちだろうと思う。ジャスパーはあの船の上で、誰よりも愛されているから。
 あたしもあの船の一員だ。レイズの判断に従うしかないし、それが一番だとは分かっている。
 考えるほどに沈む気分を押し上げ、人混みの中をくぐり抜ける。
 今度こそちゃんと、その手を離さないように。
 その時だった。

 ふと何かが耳に届き、思わず足を止める。
 つられるように繋いだ手の先に居たジャスパーも、後ろからついてきていたクオンも立ち止まった。

「…マオ?」
「…なんだろう…何か、聞こえない?」

 喧噪に紛れて耳に届く何か。
 自分の意識が否応なく惹きつけられる。

「…音…ううん、歌…?」

 あたしの様子にジャスパーも暫し耳を澄ませる。だけど困ったように笑うだけだった。

「もしかしたらぼくには聞こえない歌なんでしょうか。ぼくは魔力を持ってないし…」
「私にも聞こえませんが」

 後ろからクオンが怪訝そうに口を挟む。

 ふたりには、聞こえないの? 
 だって耳を澄ませば澄ますほどに、こんなに、鮮明に――

「ジャスパー。あちらには何があるか分かりますか?」

 クオンが指したのは、あたしがじっと見据える方向だった。
 あたし自身はまるでその歌声に憑りつかれたみたいに動けない。
 クオンの言葉にジャスパーがあたしの視線の先を追う。
 この港町に土地勘のあるジャスパーはすぐにその答えが分かったらしく、少しだけ表情を歪める。
 それからクオンに答えた。

「…港町の東海岸の方ですね。あそこは主に不法売買人たちが多く屯しています。珍しい商品や貴重な海図…入手方法を問わないがルールの不法ギルド街です。ちょうど今日、この辺りの海域で最も力あるギルドが“この海で最高の商品”を競りにかけるという噂を聞きました」
「…最高の商品…?」

 クオンの問いにジャスパーはどこか俯き声を落とす。
 気付けば周りの足並みが皆そちらに向いている。お目当てはその“最高の商品”だろう。

「彼らが主に扱うのは人間です。愛玩用か、奴隷用か…東海岸のギルド街は、希少価値の高い人間が売られる所です」

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