アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


「……そこまで言うのなら、分かりました。貴女の覚悟を私は見届けましょう。ただし貸すだけです。必ず返して頂きます。この世界に居る間に」
「…! ありがとうクオン…!」

 勢いよく見上げたクオンは、少しだけ笑っているように見えた。
 だけどその表情は翳っていてよく見えない。
 そうこうしている内にテントの裾からひとりの男が出てきた。

「お礼は無事彼女を落札してから言って下さい。彼女は紛れも無く数百年に一度の最高の商品と言えるでしょう。ここに居る全員が彼女目的と言っても過言ではありません。私は口出ししません。マオ、貴女自身が責任を持って彼女を競り落とすんです」
「…わかった。でも少しだけ教えて、この国の物価っていうか…相場ってどれくらいなの?」

 あたしはまだこの国で買い物をしたことが無い。
 買い出しに行った時にこの国の通貨が“フィル”だということは教えてもらったけれど、支払等はすべてジャスパーに任せきりだった。

「そうですね…200万フィルで家が買えます。倍出せば船が一隻。500万もあれば当分遊んで暮らせるでしょう」

 クオンの言葉を聞いている間に、出てきた男は水槽の前まで歩み出るとこちらに向かって頭を下げた。観客たちがはやし立てる。
 ゼストと名乗った男はこのギルドの商人で、競りの司会進行役らしい。

「さぁて皆様大変長らくお待たせ致しました。これより彼女の身元引け請け人の競りを行います。落札条件はただひとつ、彼女の価値を最も理解しそれに相応する対価を約束できる人です」

 競りの始まりとも言えるその言葉に、周りの人たちが熱気を放ち歓声を上げる。
 それに狂気じみたものを感じ、思わず強くクオンの腕を強く掴む。
 気のせいか周りは男の人ばかりだ。
 あらかじめ用意されていた特別席には、皆それなりに身なりの良い恰好をした客たちが並んでいた。

「競りというものを理解しているならそれほど難しいことではありませんよ。先の客より上の金額を言えばいいだけです」
「でも、一応クオンのお金なわけだし、価値も知らずにそれをするわけには…それにその、どれくらいまで出せるのかを知っておかないと」
「そこはひとまず気にしなくていいです。いいですか、競りと言っても元締めはあの男です」

 声を潜めたクオンが背を屈めあたしの耳元に唇を寄せる。
 僅かに身じろいでそれを聞きながら、視線を目の前の男へと向けた。

「ようはあの男に売ったと言わせれば、マオ、貴女の勝ちです」

 ゼストと名乗ったギルドの商人。
 彼らが一番欲しいのは、お金と、そして――

「――わかった」

 クオンに合わせるように自然と声を小さくしたまま、あたしは頷いた。
 それと同時にいちばん最初の金額が声高に提示された。


 ゼストが開始の合図をしてから十数分、値は上がり続けている。
 競りへの参加は誰でもでき、金額を上乗せして叫ぶだけという簡単な仕組みだった。
 次々と叫ばれる金額の方向にゼストが指さしで相手と値段を確認し、周りを煽る。

 タイミングを計っているあたしはさっきからもう何度もクオンの腕をきつく握ってしまい、だけどクオンは何も言わなかった。
 金額は100万フィルをとっくに越え、もうすぐ船が買えそうな値段まできている。
 仲間の為に船を捨てたレイズの顔が浮かんで、やりきれなくなった。

「――やめますか」

 僅かに震えを感じとったのか、クオンがそう言葉を落とす。
 あたしはふるふると首を振り僅かに俯いてしまった目線を再び上げる。

「怖気づいたのであればやめても結構ですよ」
「違う、ムカついてるだけ」

 人垣の向こうで新たに上がる金額に、既に観客に徹している見物人達からは囃し立てるように歓声が上がる。
 まるでゲームか何かを見ているみたいな笑みを浮かべて。

「ここに居る人たち、一度全員“あっち側”に行ってみればいい。彼女のことなんだと思ってるの」

 ジャスパーが一緒じゃなくて本当に良かった。今はそれだけが救いだった。
 一瞬だけクオンの腕がぴくりと反応した、その時だった。

「――500万!」

 人垣の頭上に飛び出た手と共に叫ばれる金額。その声に周りからどよめきが沸く。
 いっきに値段が跳ね上がった。
 周りの視線がその人物に向くも、どんな相手なのかはここからじゃ見えない。
 ゼストも驚きの表情を作り、すぐに商人の顔に戻す。

「出ました500万! これは我がギルドでも過去最高額ですね。さて、他には?!」

 続く声は無かった。
 伸びているのは最高額を出した男の手のみ。
 指輪をいくつも嵌めた指は丸々としていて、声も若くは無かった。
 頭のてっぺんにクオンの視線を感じる。

 ――500万フィル。
 それってあたしの世界だと、どれくらいなんだろう。
 クオンは気にするなと言っていたけど、気にしないわけにはいかなかった。
 だけどこれは、ひとりの少女の自由の値段だ。

 ようやくあたしは腕をまっすぐ上に掲げた。
 やっぱり少しは緊張していたのかもしれない。腕の感覚があまり感じられなかった。

 気付いたゼストが物珍しそうな視線を向ける。 周りの客たちからも好奇の目。
 今更ながらクオンが後ろに居てくれていることに感謝した。

 それからゆっくりと、あまり大きな声は出せなかったけれどできるだけはっきりと。
 金額が相手に、ここに居る人たちに聞こえるように、口にする。


「――1000万」

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