アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
第9章 呪われた一族
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ベッドで眠るイリヤの姿再度確認して、そっと部屋から出て扉を閉める。
念のため鍵は閉めておくことにした。
それから部屋の外で待っていたクオンと共に再び人気の無い船尾へと向かう。
あの後意識を失ってしまったイリヤをクオンが部屋まで運んでくれた。
船医に診せようか迷ったけれど、クオンが寝ているだけだというのでひとまず様子を見て寝かせておくことにしたのだ。
「…どう思う?」
人が居ないことを確認してから、そう切り出す。
隣りに並んだクオンは相変わらずの無表情で視線だけちらりとあたしに向けた。
「…以前も説明した通り、海の神々の力に関しては不明な点が多過ぎます。なのでこれは私個人の憶測になりますが」
「それでいいよ、それが聞きたい」
あたしの返事にクオンは視線を真っ直ぐ前に戻した。
その先にはシェルスフィアの海が広がっている。
「貴女の手によって彼女の首飾りは液体化しました。そこから推測できるのは、あれが貴女…いえ、貴女の中のトリティアが過去に結晶化した物だったからだと推測されます。どうしてそれを彼女が持っているのかは分かりませんが、貴女の力を見た彼女は貴女なら“できる”と確信を得た。だから貴女に、半ば無理やりに“解かせた”――」
――“解いた”。
それはつまり、そこに“何か”があったということだ。
「…何を、解いたの…あたしは、何を…」
「それは彼女に確認しなければ分かりません。現状分かっているのは、それを“解いた”後彼女は声を取戻し、そしてその為に貴女を待っていたということです」
声を失ったというのがイリヤがついた嘘だとは思えなかった。
あの、あたしにしか聞こえない歌。
あれはイリヤの声にならない声が奏でていた。
それにそんな嘘をつくメリットがイリヤにあるとは思えない。
「ですがここまでの状況からおそらく、それは“呪い”でしょう。あの首飾りはトリティアに呪われていた。そしてその所為で彼女は声を失っていた。だからこそ貴女を…正確にはトリティアをずっと待っていたのではないでしょうか。呪いを解いてもらう為に」
思わず自分の手をぎゅっと握る。
それをはっきりと言葉にされて心臓が痛みを覚える。
“呪い”と聞いて真っ先に思い浮かんだのはシアの姿だった。
その所為で親族達の命を奪われ、今も自身の命を削られ続けている。
そこにあるのは悪意だ。
「…“呪い”をかけるのって…どういう時だと思う…?」
訊いた声が知らず震えていた。
クオンは気に留める様子もなく口を開く。
「一番単純なのは、憎悪の対象となり得る場合です。相手の存在を抹消したい時、相手に最も多くの苦痛と絶望を与えて死に追いやる方法を我々はそう呼びます。ただもうひとつの可能性もあります。呪いではなく、“封印”です。何らかの意図と意志を以て封じる――それはある種の防護と同義と言えるでしょう。多くの場合が外界からの侵害と、もしくは永く守り続けてきた歴史と真実がそういった対象となり得ます。ですが今回のような人体に影響を与える、もしくは奪う場合というのは呪いというのが一番近いでしょう。彼らは奪うのだけは得意ですから」
仮にもその“彼”と指す存在が今目の前に居るというのに、クオンは全く気にする様子も無く言い捨てた。
やはりこのシェルスフィアで神と“共生”してきたのは、王族だけなのだろう。
それ以外のひと達は、大きすぎるその力に奪われるばかりの歴史を歩んできたのだ。