アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
「とりあえず、イリヤが海の神と…少なくともトリティアと関わりがあることは確かってことだよね」
「そうとは言えません。正確には、彼女では無い可能性の方が高いでしょう」
「どういうこと?」
「シェルスフィアに加護をもたらしていた6人の神々は、建国以来国王をはじめとする6人の王族に仕えてきました。トリティアも、少なくとも2年前までは前国王陛下が従えていたはずです。その手を離れ呪いをかけることは不可能でしょう。契約とはそういうものですから。すぐ後にジェイド様がに再契約の手続きでトリティアとの接触を試みていらっしゃいましたが、呪いの弊害もありなかなか上手くいきませんでした。その間トリティアはこの国には…正式にはこの世界には居なかったと、リシュカ殿から聞いております」
つまり、トリティアがイリヤの首飾りに呪いをかけたのは、ここ最近の話ではないってことだ。
でもそうすると――
「あの首飾りに呪いをかけたのは、建国前の…すっごく昔ののことだってこと?」
「あくまで可能性の話ですが。あのギルドでの情報の真偽の程は定かではありませんが、もしかしたら彼女は本当にこの国にとって希少な種族なのかもしれません」
「…そうなの? まだあの首飾りがイリヤと関係あるのかも分からないし…だってよくいうじゃない、海で眠ってたお宝の中に呪いの品が混じってたりとか」
「そうですね。ですが近年そういった類のものは一般人の手に渡らないようになっています。発見時に魔導師が鑑定・選別をし適切な処置を施すからです。船に必ず魔導師がいるのはその為でもありますから。マオが聞いたという歌もありますし…単純に一族に受け継がれてきたものを身に着けていたというのが妥当でしょう」
「じゃあ、イリヤのご先祖様が昔トリティアと関わったことがあるとか…そういう話?」
「それだけでは済まされないのも事実です。海の神々と接触できる人間というのは限られています。魔力云々というより、“素質”の話になるからです」
「……まさか、イリヤはトリティアの姿を見れたり、言葉を聞けるってこと?」
「要素としては多くあります。海の近くに住み神々と意志を通わせる一族というのは歴史上確かに存在します。もう500年も前に亡んだとされてきましたが…もしかしたら我々に知れず生き残っていたのかもしれません」
だけどシェルスフィアは永く王族以外の国民と海に住まう神々の接触を禁じてきた。
王族しか神と契約できないという嘘が成り立ってきたのは、単純にその資格を持つ国民自身が殆ど居なかったからだと言えるのだろう。でないとその嘘はすぐにバレてしまうから。
だけど最もその資格に相応しい種族が、王族以外に居たとしたら――
「…それって…国にとっては、どうなの…?」
「私も詳しくは知りませんが、一時は王国の保護対象であったと聞きます。ですがやはりその存在は国にとって脅威となったのでしょう。他国にその力が渡ることをおそれた当時の国王が、一族全員を処刑したという説も残っているくらいですから。史実上は環境適応能力の退化で種を存続できなかったとなっています。生まれ持つ特殊能力と時代の変化が合わなかったと」
「……!」
改めて、思う。感じてしまう。
真実は記述では語れない。目に見えるものすべてが真実だとは限らない。
永く語られている歴史が本当にすべて真実だとは限らないんだ。
「…あたしの世界にも国や世界の歴史を学ぶ授業はあるけど…その歴史が例えば真実じゃないとしたら、何の為に学ぶのかな…」
「歴史とは永い時間をかけて人々の意識に刷り込むものです。過去に学び、尊び、教訓する。未来の子孫が誤った道を選ばぬよう、祖先から贈られる指針のようなものだと認識しています」
相変わらず堅苦しい説明のクオンに思わず苦笑いを漏らす。
クオンはその場その場で自分の考えを素直に口にしてくれた。
それはあたしにとって有り難かった。多分誰にでもできることではない。
見聞きした情報を一度自分で消化して呑み込む時、そこには多くの主観と感情が介入する。
迷わず間違わず自分にとっての真実を選ぶのは、あたしにはまだ無理だ。
自信が無さすぎる。それを口にするのはもっと。
「…そういえば、シアのカラスは…」
ふと久しぶりにその存在を思い出し、上空に視界を巡らせる。
最後に見た船のマストにその姿は見当たらない。
あれからまだ一度も会話をしていなかった。
「今朝方このあたりの海域をご確認なさると行ってしまわれたきりですね。出航までには戻ってくると仰っていましたが」
「……そっか…」
それを聞いて思わず声に力がなくなる。
話を聞いてもらいたかったし、シアの意見も聞きたかった。
シアは王族で現国王だ。多分言えない言葉も語れない歴史も多くあるだろう。
だけどそれでもいいからシアの言葉が聞きたかった。
シアの声が、聞きたかった。