アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
「…進路かぁ…」
「やだやめてよ、そういう辛気臭い顔でそういうこと呟くの。どうせまだ2年も先の話なんだよー? 貴重な16の夏くらい、今目の前の楽しいこと考えよーよ!」
やれやれと大げさに溜息をついた早帆が、勢いよく机に雑誌を広げた。
さっきまで見ていたのであろう、ページにはドッグイヤー。
雑誌の中央には派手な色文字で大きく、『夏休み特集! 一生に一度の思い出に残る夏!』と書いてあった。
「夏休みの予定決めるって言ったでしょ? 真魚も意見出してよね、あと希望日。あんたのバイトが無い日にみんな合わせるんだからさ」
仲間内でバイトをしているのはあたしと未波だけだ。
未波は趣味もあって、海辺のサーファーショップでバイトしている。
だけど親戚がやっているお店らしく、殆ど遊び半分だった。
「そっか…夏休みか…」
ちょうど今週末から、夏休みなのだ。
なんだかやっぱり頭がぼうっとしている。
ふと未波が雑誌から顔を上げ、隣りに居た七瀬にその視線を向けた。
「夏休みといえばさ、旧校舎の取り壊しも休み入ってすぐだろ? プールは初日になくなっちまうらしくてさ、せっかくあんだけ綺麗にしたんだし、最後にこっそりみんなで泳ごうぜ」
旧校舎のプールが…取り壊される。
もともと旧校舎は老朽化が激しくて、取り壊し予定だった。
だけど学長の意向で取り壊し前にお世話になった校舎を綺麗にしようということで、罰掃除も兼ねた未波達が掃除していたのだ。
「えーなになにプールって。未波の罰掃除の話?」
「そうそう、それがやっと終わってさ、プールすっげー綺麗になったんだぜ? 水も張ったし」
未波の罰掃除に付き合わされて、凪沙や七瀬は現状を知っている。ついでにあたしも。早帆と加南も罰掃除のことは知っていたようだった。
「でも泳ぐなら海行けばいいじゃん、あたしプールの塩素ってニガテ」
「バカだなぁ、海はいつでも行けるけど、プールってなかなか自分らでは行かねぇだろ」
海沿いの町のせいか、この町にプールの施設は殆ど無い。
少し内陸に行った大きな町にはあるけれど、地元のコはみんな海に行く。泳ぐといったらプールより海なのだ。
そのせいか学校でもプールは選択制だった。大抵の女子は、選択しない。スクール水着を嫌っているせいもある。
「水着は自前でいいし、昼間は見つかると面倒だから、夜に」
声を潜めて言った未波の言葉に、早帆と加南もぴくりと反応する。
つられるように声を潜めて、自然と顔と顔の距離が近くなっている。
夏休み目前のテンション。ナイショ話にはみんな食いつく。
「夜に? 忍び込むってこと? バレたらヤバくない?」
「だからバレないようにやるんだよ。旧校舎って今はもう殆ど警備システム動いてないらしいし、フェンスの鍵はオレが誤魔化しておくし、絶対大丈夫だって」
夜の学校に、こっそり忍び込む。
その言葉はみんなの好奇心をそれなりに刺激したらしい。
いつの間にかみんな乗り気の顔になっていた。
だけどあたしの思考はそれどころじゃなくて。
プールが取り壊される――そのことがぐるぐると頭に回っていた。
だけどどうして自分がそこまで気にするのかが分からなかった。
旧校舎のプールが無くなって不都合なことなんか、何ひとつあるはずが無いのに。
プールの水音が、ふいに耳に甦る。
なぜだろう、何か大事なことを忘れている気がした。