アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


 “あたしのこと”を、改めてちゃんと言葉にする。

 こことは違う世界から来て、やるべきことが終わったら、もとの世界に帰る。
 だけど力が安定しなくて、時々どうしても、もとの世界に帰ってしまう時がある。
 だけど“それ”が終わるまでは、みんなにちゃんと自分でさよならを言うまでは、何度だって必ず、この世界に帰ってくる。
 最後まできっと、みんなと戦う。

 そう言ったあたしの言葉を、レイズは言葉を挟むことなくまっすぐ見据えて受け止める。あたしの言葉の真偽をはかるよりも、本心を探るように。

「“それ”って、なんだ」
「……戦争」

 ぽつりと零したあたしの言葉に、レイズは殆ど驚く素振りを見せなかったので、もしかしたらなんとなく、気付かれていたのかもしれない。
 だけど自分で言っておいて、違うな、と続けた。
 そのあたしの言葉には、レイズは目線で返す。
 続きを促すそれに、あたしも笑って応えた。
 いまどんな顔をしているのかは、もう自分でも分からない。

「この世界を救うこと」

 まるでふざけたセリフを、レイズは軽く笑って払うことはしなかった。
 とられていた手に力が篭る。
 腕の中から出て真正面。それでもレイズの体の内側に居る。
 甲板に腰を降ろして座ったレイズの足の間、海の夜風がふたりの体温を混ぜる程に近い。

「なんでおまえなんだよ」
「…実はあたしも、よく分かってない」

 言葉にすると、随分間抜けな救世主だなと思った。
 今度はちゃんと笑えていた。

「だけど、あたしにできるなら。あたしにしかできないなら…やろうと思う。この世界には守りたいひとが、たくさん居るから」

 見上げるレイズの影の濃い表情。
 その藍色の瞳だけが強く光っていた。

 ああ、そうだ。
 あたしがずっと探していたもの。
 求めていたもの。
 ひとから向けられるそればかりを気にしていた。
 だけど学んだ。この世界で。

 あたしにしかできないこと。
 自分で選ぶこと。
 あたしの価値を認めるのは、ほかの誰でもない、あたしだけなんだ。

「――できる」
「…え…?」
「できるだろ、おまえなら。できないと困るし、おまえしかできないだろうが、そんなの」

 レイズがあたしの手を、そっと自分の胸元へと寄せた。ぐっと力をこめて押し付けるように。
 服の隙間から直接触れる汗ばんだ肌。指先に触れるお守りの青。
 その青が、レイズの鼓動と共に手の平の下で脈打つ。

「俺はこの船の全員の命を預かる船長だ。だから“これ”は、本当は思い切り不本意ではある。だが」

 言葉の通りレイズの、思い切り顰(ひそ)められた顔。
 一度伏せた瞼を持ち上げて、再びその藍色の瞳にあたしを映す。

「俺の命をおまえに預ける。だからおまえも、死ぬな。この世界の為になんか、死ぬな。――絶対に」

 その真剣な眼差しに胸がざわめく。
 嘘でもその場限りでもない、信頼の証。
 おそらくそこに理由も根拠もない。
 ただ、あたしという存在を。
 肯定してくれている。
 信じてくれている――

「…うん。わかった」

 誰かに任せたり、頼ったり、守ってもらったり。
 そんなばかりだったあたしが、自分にもできることがあると知った。

 シアに死んでほしくない。そこから選んだ道だった。
 でも今は違う。それだけじゃない。
 選んだ道に責任をもつこと。
 それから。
 差し出された気持ちに応えること。
 それをきちんと返せるように――

「“これ”は、ちゃんとあたしが…預かる」

 呟くのと同時に、手の平の下に温かな熱を感じた。
 触れた部分から広がるそれに、ふたり同時に視線を向ける。
 手の平の下、レイズの青い刺青が――淡い光を放っていた。

「…なに…?」

 そっと、思わずなぞる指先に、レイズがぴくりと反応するも、次の瞬間にはいつもの顔。
 あたしは自分の指先からレイズの肌へと伝染するように広がる光と熱を食い入るように見つめた。
 この光には見覚えがあった。
 トリティアと見た、あの光。

「そうか、これ…」

 ふいに理解した。
 これは、“神さま”の光だ。
 あたしの、光。
 あたしという今はまだ未熟で無力な神さまの、証の光。
 
 以前クオンと話していたことを思い出す。
 神さまの力の源の話。力の動力。

 ――信仰。
 信じる、力。

 今はじめて自分の身に起きて、確信する。
 シエルさんの予想は当たってた。
 だけどシエルさんにも考えの及ばないもうひとつの答え。
 一方的ではだめ。ただ想いをもらうだけでは意味がない。
 それを受け止める器が必要で、それを返す力が必要なんだ。

 それがきっと、この世界での“神さま”。
 
 ひとりじゃない。
 だから、強くなれる。
 それはひとも神さまも変わらない。
 同じなんだ。

「これは…レイズがくれた光だ」
「…どういうことだよ」

 目の前で今自分の身に起きてる現象にただただ怪訝な顔をするレイズに、あたしは思わず笑った。
 いつも自分を晒さない、強い自分である為の表情を崩さないレイズの、狼狽える顔は貴重だ。

「そうだ、もういっこ、言い忘れてた」

 体を起こし、少し高い位置にあるレイズの頬を膝立ちで背伸びして、今度は自分から両手で包む。
 レイズが目を丸くして、身構えた。
 まっすぐその瞳はあたしを見据えたまま。


「あたし、神さまなんだ。実は」


 その額にそっと唇を寄せる。
 胸のずっと奥が熱くなる。
 望んでこの力を使うのは、これが初めてだ。
 あたし自身が漸く受け入れられたのは、これが。

 トリティアが最後に教えてくれたこと。
 ――加護を。
 あたしという存在を信じてくれているひとに、今あたしが返せる唯一のもの。


「守ってみせる。絶対に」

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