アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~

4



 次の瞬間、あたし達はアクアマリー号の上に居た。

 あたしと、ジャスパーとイリヤ、それにリュウ。
 視界の端を掠める白いカラスは、いつものように船のマストへととまる。
 だけどその向こうに居るのは、シアじゃない。
 
 弾き出されたのだと理解した。
 あの祠から、アトラスの膨大な魔力に。

 夜の海。あたりはまだ薄闇に包まれて、こわいほどにしんと静まりかえっていた。
 火は殆ど落としている。
 暗い、くらい、夜明け前の海。

「……っ、マオ?! ジャスパーにイリヤ殿も…! どうしたのですか!?」

 突如船の甲板に現れたあたし達に、近くに居たレピド、それから船員達が灯り火を持って駆け寄る。
 すぐにレイズ、それからクオンが駆け寄ってきた。

「どういう状況です、これは」

 クオンがいつになく真剣に、ぐっとあたしの肩を抱く。
 上がる息を、震える体を押えられなくて、焦点が上手く定まらない。

 今どんな顔をしているのか。
 クオンがごくりと唾を呑む。
 あたしの両手には、ジャスパーとイリヤの腕を掴んでいた。
 それだけで泣きそうになるのをなんとか堪える。

 状況説明。手短に、的確に。
 素早く対処しなければ。
 手遅れになる。


「…逃げて…!」


 その一言が、精一杯だった。
 クオンとレイズが顔色をかえて立ち上がる。

 その瞬後、静かだった海から空へと水柱が上がった。
 揺れる船体、そこから船まで距離はあるのに、光の粒と水飛沫が船体を打ち付ける。
 

「――総員、持ち場につけ! 寝てるやつら叩き起こして錨を上げろ! この海域から離脱するぞ!!」

 レイズが今までにないくらい大きな声で叫ぶ。
 船は停泊中だった。すぐには動けない。進路もおそらく、目的地に向いていたままだ。

 慌ただしくなる船上。
 あたしとイリヤとジャスパーは、海から上がる水の柱がやがて光の柱になるまで、呆然と見つめていた。

 あの祠からこうして無事帰ってこれただけでも幸運かもしれない。
 だけど目の前に広がる光景は絶望そのものみたいだ。
 怒れる神の、鉄槌(てっつい)の柱。

「…夜中だったはずなのに…」

 すぐ傍で水平線を見つめたイリヤがぽつりと零した。
 確かにそうだ。
 リュウが突如部屋に現れて、ドアの向こうは祠へと繋がっていた。
 それからアトラスを召喚して、それほど時間が経ったとは思えない。
 それまでクオンやレイズ達があたし達の異変に気付かなかったのもおかしい。

『セレスの力で空間を直接祠に繋いでいた反動だね。時空を操るのは神の力といえどおそろしく魔力を消費する。セレスが気にいるだけはある』
「トリティア…!」

 いつの間にかすぐ傍らに、トリティアが居た。
 それからトリティアは、イリヤを見つめて微笑んだ。
 懐かしそうに、いとおしそうに、どこか哀しそうに。初めてだ、こんなトリティアは。
 だけど思えばイリヤの血族とトリティアは深い絆で結ばれていた。
 ずっとずっと、遠い昔。
 共に生きたふたつの種族。

 ――そうか。
 ようやく再び、出逢えたのだ。
 互いの心の本意はおそらくそれぞれで、分からなくとも。

『契約とは、神と人間、ふたつの世界を繋ぐ行為。契約者の器が楔(くさび)となる。力に見合わぬ器は、ああやって使い捨てられる』

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