永く青い季節 〜十年愛〜
暫くして楽器の点検が終わると、私は差し出された書類のチェックをして、捺印をすると彼に手渡す。通常の業務だ。
「ありがとうございました」
「それでは、今日はこれで…。
あ…、えっと…」
彼は、人差し指でこめかみの辺りを軽く掻くと、私の目を見て言った。
「美織にこうして会えて、こんなふうに普通に話せて…良かった」
「うん…私も」
照れた時や言葉に詰まった時に、つい出てしまう彼の癖…
そんな何気ない仕草に、遠い季節の彼の面影を重ねて切なくなる。
それでも私達は、穏やかに、自然に笑い合えていた。
…筈だった。