元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
渋い低音ボイスでそう言うと、ベルツ参謀は首を正常な位置に戻した。
私よりレオンハルト様との付き合いが長い彼の言うことを疑う余地はなかった。
冷たくなってきた風が、帆を叩く。見張り台のレオンハルト様の軍服の裾も黒い髪も揺れているだろう。
「そうそう、あいつは昔っから高い所が好きなんだよ」
前方から見張り台を見上げてやってきたのは、ライナーさんだ。
「俺とあいつは士官学校の同期なんだけどさ。あいつは望んで軍人になったんじゃないんだ」
「ライナー、個人的な話は」
「いいでしょう別に。元帥閣下はルカを特別気に入ってるみたいだし」
たしなめようとしたベルツ参謀を遮り、ライナーさんは近くの船べりにもたれかかる。
「望んでじゃないとは?」
私が聞き返すと、ベルツ参謀も諦めたみたいに口をつぐんだ。
「あいつはあんな顔して貴族の生まれじゃない。父親は遠洋漁業の漁師だった」
「だった。今は?」
「亡くなったんだよ。漁船が偵察艦と間違えられてエカベトの発砲を受けた」
それを聞いた私は、声を失った。
レオンハルト様の過去を聞くのは、これが初めてだった。聞くまでもなく、貴族の生まれで華々しい人生を送ってきたのだろうと疑いもせず信じ込んでいた。