元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
「あいつは海が好きだったんだよ。親父さんと船の上で見る海がさ。海図の見方や潮の流れの読み方なんかは、全部少年時代に学んだんだろう」
ライナーさんが顔に落ちてきた落日の色をしている長髪を束ね直す。
「親父さんが死んで、おふくろさんと二人きりになったあいつに残された選択肢はひとつ。士官学校の試験に受かり、さっさと軍人になること」
士官学校なら、帝国が奨学金を出してくれる。レオンハルト様は残されたお母様のため、軍人になることを選んだのか。
軍人ならばなりたての頃の給料は少なくとも、昇進していくにつれて待遇は良くなる。生きたまま退役したら本人に、殉職したら家族に多額の退職金と年金が支払われる。
「他の船に乗り漁師として働くより、より母親を安定して養える道を選んだ。その結果元帥にまで昇りつめたんだから、人生ってわからないものだよな」
元帥は軍人の中でトップの地位であり、帝国内の軍人ではレオンハルト様と私の父を含め、今生きているのはたった四人。簡単にもらえる地位ではない。
「お母様は今どうしていらっしゃるんですか?」
「田舎の港町で使用人と暮らしてるみたいだぜ。帝都の空気は体に合わないとかなんとか言ってたな」
そうか……。レオンハルト様は、お母様にはのんびり暮らしてほしかったのかな。
「あの若さで元帥だ。ヴェルナー閣下はお前よりよっぽど成績が良かったんだな」
珍しくベルツ参謀がライナーさんに皮肉を言う。
「砲撃と射撃の腕は俺の方が上でしたよ。今もそれは変わらない」
言い返すライナーさんの言葉は、途中から耳に入って来なかった。