元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
その場から離れる間中、敵艦隊からの悲鳴が鼓膜を突き刺す。
何を言っているのかまではわからないけど、必死で誰かの名前を呼んでいるかのように見える敵兵たちの顔。
母親か、婚約者か。誰かを求めるようにもがく腕は、やがて冷たい海の中に放り出される。
水面でもがく彼らの周りに、傷から流出した血液が赤い模様を作った。赤く染まった海の中に飲みこまれていく敵艦。泳いで逃げようとする敵兵を、無残に押しつぶして波の中に引きずり込んでいく。
「……レオンハルト様……」
初めて間近でみる凄惨な場面は、まるで地獄絵図のよう。背中を震えが走り、思わずレオンハルト様に寄り添う。
「目を逸らすな、ルカ。これが戦争というものだ」
厳しい冬の寒さを想起させるような声で言われ、彼の顔を見上げる。彼自身は、目を逸らすことなくじっと死に接吻された者たちの顔を見つめていた。
「はい」
嘔吐感がこみ上げる。涙までにじんでくるけれど、決して泣くわけにはいかない。
レオンハルト様は、いったい何度このような光景を見てきたのだろう。自分が葬った人たちから逃げることなく、地獄のような惨状をその網膜に焼き付けてきたのだろうか。
これが、レオンハルト様を苦しませる悪夢の正体……。
本人に確認したわけではないけど、そう直感した。私自身、この光景はしばらく頭から離れそうにない。