元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
その温泉は誰かの所有物というわけではなく、誰でも使って良いものらしい。
「よし善は急げだ。行くぞルカ」
「ええ~っ」
絶対に誰も来ないという保証はないし、結構危険だと思うんだけど……でも、お風呂に入りたいという欲求は帝都を離れたときから増すばかり。
今日くらい甘えてもいいかな? この機会を逃したら、次はいつお風呂に入れるかわからない。臭いと思われるのも嫌だし。
こうして私とレオンハルト様はクリストフに案内され、小さなランプの灯りを頼りに噂の温泉にたどり着いた。
宿屋の裏手から足場の悪い山道を通った先にあった温泉は、小高い崖の上にあった。すぐ下には海が広がっている。こんなところに温泉って湧くんだ。
丸い岩で囲まれた温泉は乳白色をしていた。手を入れるとたしかに温かい。白い湯気が立ち昇り、クリストフの顔半分を隠す。
「では、ごゆっくり」
クリストフは先に帰っていった。後に残されたのは私たちふたりと、小さなランプがひとつ。
灯りが全くなければ着替えるのもおぼつかない暗闇を、夜空に浮かんだ星々が照らしていた。
「えっと……後ろを向いていてくれませんか。できれば、あの木の横で」
手近な木を指さすと、レオンハルト様はうなずいた。