元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する


──そして、一年後。

一年前の回想から、思考は現在に戻る。

あの日、一瞬だったけど再会の約束を交わした相手は、目の前にいる。けれど、全然私に気づく気配はない。

「どうぞおかけください」

応接用の椅子に座れるのは父だけで、お供としてついてきた私は父の後ろに控える。二人の元帥の間にあるテーブルに、先ほどの少年がコーヒーを運んできた。私は父上の頭越しにヴェルナー氏の端正な顔を見つめる。

……気づかれなくてもしかたないよね。彼と言葉を交わしたのはたった一瞬だったし、今の私はあのドレス姿の少女と結びつかないだろう。

「今日尋ねたのは他でもない。ヴェルナーよ、この時期に退役を申し出たと聞いたが、まさか真実ではあるまいな」

父が話を切りだした。

今でも戦争の決着がつかないアルバトゥスとエカベト。両国の間には大海があり、海軍の働き如何によって国の運命が左右される。

その海軍トップであるヴェルナー元帥が突然皇帝陛下に退役を願い出たのは三日前。これは困ったことになったと、お偉方に泣きつかれた父が、彼を説得しに来たというわけ。

「本当ですよ」

「いったいどうして。二十代で元帥になれたのはお前が初めてだ。我が国が誇る『不敗の軍神』がこれからも国のために尽くしてくれなくては困る」


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