元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
「そういえばヴェルナー元帥閣下、何か父にお話があるのでは?」
鈴の鳴るような美しい声に反応したのはレオンハルト様ではなく、父上だった。ごほんごほんとわざとらしく咳こむ。
「ええ。クローゼ元帥閣下、出航前にしたエルザ嬢との婚約のお話ですが……」
このままではらちが開かないと思ったのか、レオンハルト様が切りだす。私は緊張で胃が痛くなってくるのを感じていた。
「ああ、そうだな。無事に帰ってきたのだから、どうぞいつでも娘をもらってくれ。もちろん、エルザをな。うん」
「いえ、元帥閣下」
「そうか、今夜は日取りを決めにきたのだな。よしよし、いつでも良いぞ。誰かカレンダーを持って……」
「閣下!」
不自然なほどに機嫌のいい表情を作って話していた父上を、レオンハルト様の声が強制的に遮った。場が静まり返り、異様な雰囲気に。
「私が結婚したいのは一年前に軍の式典で出会った乙女です。すなわち、エルザ嬢ではありません。そちらにいる、ルカ嬢です」
誰にも理解できる音量で、レオンハルト様ははっきりと言った。そこにいた使用人はばあやひとりきりで、彼女は目を丸くし、ドアを開けて人ばらいをするように外に向かって怒鳴りつけていた。