元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
不敗の軍神とは、敵軍を相手に勝利を重ねる彼を称賛するあだ名。ヴェルナー氏は天才的な用兵の才能を持ち、艦隊を任されるようになってから負けを知らないという。
「ありがたいお言葉ですが、私はもう疲れてしまいました」
父上が訪ねてくると知った時から、ヴェルナー氏は質問の内容を予測していたのだろう。少しも言葉に詰まる様子がなかった。
すました顔でコーヒーカップを口元に運ぶ優雅な元帥に合わせるように、父上もコーヒーを一口飲み下した。
「疲れたとは、いったいどういうことだ?」
「そのままの意味です。私は戦争に疲れました」
カップを下ろしたヴェルナー氏の顔は、疲れているようには見えなかった。体には現れない心の問題が彼にはあるのかもしれない。
「クローゼ閣下なら想像できると思います。大砲に木っ端みじんにされて海の中で沈んでいく船。叫びながら波に飲まれていく味方や敵兵を」
「……まあ、それは」
落ち着いていた父上の声が苦々しいものに変わった。ヴェルナー氏の語った光景を思い浮かべると、たしかに凄惨。
私の主な任務は後方勤務。父上の秘書のひとりとして事務的な仕事をこなすこと。訓練には参加するけれど、実際に敵兵と剣を交えたことは一度もない。