元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
父に従って立ち上がったヴェルナー氏の言葉は、辛辣極まりなかった。
父上は額に血管を浮かび上がらせる。この申し出を拒否すれば、自分が腐敗した貴族と同じだと認めるようなものだ。怒りを感じるのも無理はない。
「いいだろう。息子をお前の船に乗せる。約束だ」
「ち、父上」
断れない空気なのはわかるけど、ちょっと待ってほしい。船や海のことを全く知らない私が、海軍元帥の副官ですって? 務まるわけがない。
「そして、もうひとつ」
ヴェルナー氏は人差し指を突き出した。
「まだあるのか」
遠慮なくうんざりした顔をする父上。本人の意志を置き去りにし、二人の元帥は話を進めていってしまう。
「閣下の御令嬢、エルザ嬢をいただきたい」
低い声が応接間の中に浮遊した。それは茨となり、私の胸を締め付ける。
「なんだと?」
「一年前、私が元帥の称号をいただいた時の式典に参加していらっしゃったお嬢さんです。亜麻色の髪に、ヘイゼルの瞳。そう、そこにいる彼と瓜二つだった。だから彼が閣下のご子息だと気づいたのです」
覚えていた! 彼は、一年前のあの出来事を覚えていたんだ。そう、私がエルザと名乗ったあの時の……。
「エルザを嫁に欲しいと?」
「勝利のあかつきには、ぜひ」
「よし、いいだろう。交渉成立だ」
がしっとヴェルナー氏の手を無理やりに握る父上。重大任務を成し遂げ、満面の笑みが浮かんでいる。