元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
── 一年前 ──
「ねえばあや、何か間違ってない?」
朝の光が射し込む自室で、着替えの手伝いのために入ってきたばあやが持ってきた服を見て、私は首を傾げるしかできなかった。
「いいえ、何も間違っておりません」
首を横に振るばあやが持っているのは、女性用のコルセットと爽やかなミントグリーンのドレス。
「これは姉上のドレスだよね。私はほら、ルカだよ。ばあや、ボケるにはまだ早いはずだけど……」
鼻先に近い位置に老眼鏡をしているばあやに、ぐっと顔を近づける。ばあやが、私とそっくりと言われるひとつ年上の姉を間違えているのではないかと思ったから。
「わかっております!」
ばあやが牙をむく。鼻先をかじられそうな勢いに思わずのけぞった。
「でも、こんなの着たら父上が烈火のごとく怒りそう」
ところどころに緋色のアクセントがついた黒い陸軍の制服。それがいつもの私の装いのはず。
私を立派な軍人に育てようと生まれた時から必死に教育してきた父が可愛らしいドレス姿なぞ見たら、嘆き悲しみそう。
「その旦那さまのご命令なのです」
「父上の?」
いったいどういうことだろう。首をかしげると、コンコンとドアをノックされた。返事をすると、のっそりと父上が部屋に入ってきた。