令息の愛情は、こじらせ女子を抱きしめる ー。
二人の「彼」・・・。
ー 私は結局。最後までテオドールに「さよなら」を、言うことができなかった・・・。
日本に帰国してから私は田舎に帰らずに、すぐに就職活動を始めた。がむしゃらに働いて少しでも彼のことを忘れる時間が欲しかった・・・。
フランスでの経験が買われて、拍子抜けするくらいに、あっさりと仕事は見つかった。
「あなた、『sourire'dange』と、仕事してたの!?すごいわね!!・・・その若さでっ!!」
就職先のエリアマネージャーに、そう言われた私は改めて『sourire'dange』の、企業の大きさを実感した ー。その一流ブランドの御曹司と私が結婚しようとしていたなんて・・・。事情を知らない人が聞いたら、さぞ滑稽に思うだろう・・・。
ー やっぱり、もともと。彼と私は住む世界が違ったんだ・・・。
こうやって私は、”彼のためには、これで良かったんだ・・・。”と、自分に言い聞かせながら寂しさを押し殺していた・・・。
「佐伯さん。是非あなたに、やってもらいたい仕事があるのっ!」
何やら、"いそいそ"とした様子で、チーフが私に話しかけてきた。
「年末の歌番組で、スタジオに飾る花をあなたにアレンジしてほしいって依頼が来たのよ・・・っ!」
テレビ局が社屋を構える地区にあるこの店は、当然テレビ関係の仕事も多い。私がフランスで『sourire'dange』と、仕事をしていたことを聞きつけた番組プロデューサーが、私にフラワーアレンジメントを依頼してきたのだった。
私は番組のコンセプトとイメージを聞いて、バラをメインに使ったアレンジを思いついた。
番組前日、店に届いた大輪のバラは、透明な雫を内包させて瑞々しく赤く咲き誇っていた。そのバラを見ていると、思い出される彼との幸せな記憶・・・。
私の誕生日に、テオドールは深紅のバラの花束を贈ってくれた。そして、その日、私にプロポーズしてくれた ー。
スタジオに飾りつけられたバラの仕上げを行っていると無意識に、今は、もう会うことは叶わない。10,000Kmも離れた場所に居る彼のことを考えてしまう・・・。
「痛ッ・・・!」
仕事中にもかかわらず、テオドールのことを考えて現実から気持ちが遠ざかっていた私は、うかつにも持っていた花鋏で指先を切ってしまった・・・。
「おっちょこちょいだな〜っ!・・・大丈夫か??」
私が作業をしている近くでスタジオのセットを眺めていた若い男性が、呆れた顔をしながら少しからかい気味に、かと思えば、ほっとけないといった様子で声をかけてきた。
「これ使えよ。」
その男性はポケットから、少しくたびれた絆創膏を私に差し出してくれた。
「すいません・・・。ありがとうございます。」
私も、こういう時のために常に絆創膏を持っていたが、彼の親切心に感謝して、彼がくれた絆創膏を使わせてもらうことにした。
「男が絆創膏持ってるとか、なんかカッコ悪いかも知んないけど・・・。仕事柄、俺も指先使うからさ。念のため、持ち歩いてる。」
黒の革ジャン、黒いインナー、ダメージ加工のブラックデニム。服装だけじゃなくて、黒髪に切れ長の奥二重で、大きくて黒目がちな猫のような瞳・・・。
全身黒づくめのこの男性の職業は一体・・・??
仕事が終わり、せっかく滅多に入れないテレビ局に来ているのだから・・・。と、私はそのまま歌番組の収録を見学させてもらうことにした。
番組の後半に差し掛かり、司会者が次のアーティストの名前を言うと、会場に招待された若い女性の観客からひときわ大きな歓声が湧いた。
その、あまりに大きな黄色い悲鳴で興味を誘われた私がステージに目をやると、なんとそこには。私に絆創膏をくれた、あの彼の姿があった ー。
やがて演奏が始まり、ステージに詰め寄った観客の声援を受けて、スポットライトを浴びている彼は、先ほどのやんちゃそうな印象の若者とはまるで別人のようにカリスマ的オーラを放ち、華麗にギターをかき鳴らしていた・・・。
やがて番組が終わり、スタジオから花を撤収している時、絆創膏をくれたギタリストの彼が、再び私に声をかけてきた。
「今度は気をつけろよっ。」
私に、そう言って悪戯っぽい笑顔を浮かべた彼は、スタッフ数人に囲まれてスタジオを出て行った・・・。
私は、あとあと彼が、今若い女性を中心に日本で最も人気のあるロックバンド『TOXIC(トキシック)』の、メンバーで24歳の若き天才ギタリスト。”北村拓斗”であることを知った。
私がフランスにいる一年の間、日本の音楽シーンに突如、彗星のごとく現れた『TOXIC』は、CDランキングを軒並み駆け上がりアルバム シングルとも8週連続1位を獲得する、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気ロックバンドだった ー。
ある週末、私の帰国を祝ってくれ、久しぶりに友達と集まる機会があった。
高校時代からの親友、亜香里は現在、同じ部署の先輩に片思い中・・・。
「なんか、最近仕事でミスばっかしちゃってさ・・・。だって・・・、あたしの斜め向かいが、彼のデスクだよ!?そんな冷静に仕事なんかしてられなくない!?」
ー その気持ち、大いに共感する・・・!だから私も、仕事中テオドールのことを考えてしまって、うっかりハサミで指先を切ってしまった。そしたら、あのギタリストの彼が絆創膏をくれて・・・。
積もり積もった話に女子会は深夜まで続き、私達は、ちどり足になるまで呑み明かした・・・。
火照った肌に、冬の風が酔い覚まし代わりに心地よく触れる・・・。都会の繁華街は眠りを知らず、私達の女子会がおひらきになった後も活気が衰えることはなく、通りがかった店のガラス窓から覗く店内には陽気に笑う人の姿や、通りでは、ほろ酔いで気分良さげに歩く人を見かけたりした。
タクシーを拾おうと車道近くに立つと目に飛び込んできた、派手な髪色をして、ひときわ目をひく数人の男の集団。その中で唯一黒髪の、さらに全身真っ黒のファッションに身を包んで、まるでカラスのようないでたちの男が、道路をまたいで向かい側の、こちらの通りに向かって大きく手を振っていた。
どうやら私に、みたい・・・。
やがて、私に手を振っていた彼は、他の男性達と別れて車道を渡り私の方に走ってきた。
すっかり、酔いが回り鈍い頭の私は、その光景を”ボーッ”と、眺めていた・・・。
「よぉっ!また会ったなっ!」
相手も、ほろ酔いのせいかテンションが高く上機嫌だ。
「・・・はい?こんばんわ。どちらさまです・・・??」
私は重い瞼を必死に開けて、朦朧としながらも目を凝らして男性の顔を見つめた。
「はぁ!?オレのこと覚えてねぇの!?・・・ったく、命の恩人に向かって薄情なやつっ。」
ー 似ても似つかない・・・。
私は声をかけてきた黒髪の日本人男性を虚ろな眼差しで見つめ、胸の中で、ずっと燻り続けている愛しい男(ひと)の面影を無理やりにでも、その男性に見い出そうとしたのか、私の唇は勝手にテオドールの名を呟いていた。
「・・・テオ・・・。」
「??・・・え!?あっ!おいっっ!ちょっと・・・っっ!!」
慌てふためいた男性の声が耳に響いたあと、私の視界は閉ざされた。そして、現実と微かに繋がれている意識の中で誰かに触れられる感覚を体は、はっきりと五感を通して私に伝えてきた。
ー 今、私の背中に誰かの腕がまわされた。そして、インナー越しに伝わる人肌の温もりと、鼓膜が拾う誰かの息づかい。それから・・・。
「・・・。・・・?・・・ん・・・??」
ぼんやりとした意識の中で、私は目を開けた ー。
次第に意識がはっきりしていく中で、いつもの朝と違う匂いを感じた。
ー 男物の香水の匂い。
でも、テオドールの香りではない・・・。
その嗅ぎ慣れない香りにすっかり目を覚ました私は、ここが自分のベッドではないことに気がついた。そして、その状況に驚いて飛び起きた ー。
辺りを見渡すと・・・、知らない部屋。
痛い。頭がズキズキと痛む。二日酔いだ・・・。
そっか、昨日女子会で結構呑んで・・・。それから、その後は・・・。
記憶がない!!
「おう。起きたか。」
・・・この声は?
「昨日、寝言で何回も『テオ』って、呼んでたぞ。・・・飼ってる犬の名前かなんかか??」
「違っ!!テオは、テオドールは私の・・・っっ!」
おそらく0.1秒すら考える間もなく、私は条件反射的に声の聞こえた方に顔を向け勢い良く言葉を言いかけた。そして、ハッとした。今、私の目に映っているものは、どこかで見たことのある顔をした若い男性。その彼の髪は濡れて上半身は裸だった。そして彼は、目を大きく見開いて私の言葉の続きを待っていた。
「私の何だ??」
そう問われた私だったが、目覚めていきなり目に飛び込んできた上半身裸の男性の姿に愕然として頭が真っ白になり、それ以上言葉が出てこなかった。
・・・それに。テオドールは、もう私の・・・恋人ではない。もしかしたら、それを言葉にしたくなくて私は、無意識に口を噤んだのかもしれない・・・。
「おい?どうした??」
愕然として、目を丸くして自分の姿を見ている私に、彼は不思議そうな顔をしていた。私は時が止まったまま、しばらく彼から目をそらせなかった。そして、その間に頭の中ではこの上半身裸の彼が誰なのか思い出していた ー。
この上半身裸の彼は・・・。
私に絆創膏をくれた、あのギタリストの彼だ!!
ロックバンド『TOXIC』の、メンバー”北村拓斗”!!
・・・ってことは、この部屋は、北村拓斗の部屋!?
私が寝てたベッドは・・・、北村拓斗のベッド!?
酔っ払って記憶がない私。彼の部屋、上半身裸の彼、彼のベッドで寝ていた私 ー。
・・・この状況からして、私は良からぬ失態を想像して身震いし、顔面蒼白となった。
いくらテオドールと別れているからって、知り合ったばかりの男の人と!?
かなり、お酒も入ってたし・・・。
しかも、相手は・・・芸能人!!
私は、勇気を出して事の真相を彼に尋ねた。
「あの・・・。昨日・・・。私・・・。」
すると彼は、瞳を潤ませて私を見つめ照れたように言った。
「昨日の夜・・・。ベッドの中でお前、スゲェかわいかった・・・。」
ー もうヤダ。タイムマシーンに乗って酔っ払う前に戻りたい・・・。
日本に帰国してから私は田舎に帰らずに、すぐに就職活動を始めた。がむしゃらに働いて少しでも彼のことを忘れる時間が欲しかった・・・。
フランスでの経験が買われて、拍子抜けするくらいに、あっさりと仕事は見つかった。
「あなた、『sourire'dange』と、仕事してたの!?すごいわね!!・・・その若さでっ!!」
就職先のエリアマネージャーに、そう言われた私は改めて『sourire'dange』の、企業の大きさを実感した ー。その一流ブランドの御曹司と私が結婚しようとしていたなんて・・・。事情を知らない人が聞いたら、さぞ滑稽に思うだろう・・・。
ー やっぱり、もともと。彼と私は住む世界が違ったんだ・・・。
こうやって私は、”彼のためには、これで良かったんだ・・・。”と、自分に言い聞かせながら寂しさを押し殺していた・・・。
「佐伯さん。是非あなたに、やってもらいたい仕事があるのっ!」
何やら、"いそいそ"とした様子で、チーフが私に話しかけてきた。
「年末の歌番組で、スタジオに飾る花をあなたにアレンジしてほしいって依頼が来たのよ・・・っ!」
テレビ局が社屋を構える地区にあるこの店は、当然テレビ関係の仕事も多い。私がフランスで『sourire'dange』と、仕事をしていたことを聞きつけた番組プロデューサーが、私にフラワーアレンジメントを依頼してきたのだった。
私は番組のコンセプトとイメージを聞いて、バラをメインに使ったアレンジを思いついた。
番組前日、店に届いた大輪のバラは、透明な雫を内包させて瑞々しく赤く咲き誇っていた。そのバラを見ていると、思い出される彼との幸せな記憶・・・。
私の誕生日に、テオドールは深紅のバラの花束を贈ってくれた。そして、その日、私にプロポーズしてくれた ー。
スタジオに飾りつけられたバラの仕上げを行っていると無意識に、今は、もう会うことは叶わない。10,000Kmも離れた場所に居る彼のことを考えてしまう・・・。
「痛ッ・・・!」
仕事中にもかかわらず、テオドールのことを考えて現実から気持ちが遠ざかっていた私は、うかつにも持っていた花鋏で指先を切ってしまった・・・。
「おっちょこちょいだな〜っ!・・・大丈夫か??」
私が作業をしている近くでスタジオのセットを眺めていた若い男性が、呆れた顔をしながら少しからかい気味に、かと思えば、ほっとけないといった様子で声をかけてきた。
「これ使えよ。」
その男性はポケットから、少しくたびれた絆創膏を私に差し出してくれた。
「すいません・・・。ありがとうございます。」
私も、こういう時のために常に絆創膏を持っていたが、彼の親切心に感謝して、彼がくれた絆創膏を使わせてもらうことにした。
「男が絆創膏持ってるとか、なんかカッコ悪いかも知んないけど・・・。仕事柄、俺も指先使うからさ。念のため、持ち歩いてる。」
黒の革ジャン、黒いインナー、ダメージ加工のブラックデニム。服装だけじゃなくて、黒髪に切れ長の奥二重で、大きくて黒目がちな猫のような瞳・・・。
全身黒づくめのこの男性の職業は一体・・・??
仕事が終わり、せっかく滅多に入れないテレビ局に来ているのだから・・・。と、私はそのまま歌番組の収録を見学させてもらうことにした。
番組の後半に差し掛かり、司会者が次のアーティストの名前を言うと、会場に招待された若い女性の観客からひときわ大きな歓声が湧いた。
その、あまりに大きな黄色い悲鳴で興味を誘われた私がステージに目をやると、なんとそこには。私に絆創膏をくれた、あの彼の姿があった ー。
やがて演奏が始まり、ステージに詰め寄った観客の声援を受けて、スポットライトを浴びている彼は、先ほどのやんちゃそうな印象の若者とはまるで別人のようにカリスマ的オーラを放ち、華麗にギターをかき鳴らしていた・・・。
やがて番組が終わり、スタジオから花を撤収している時、絆創膏をくれたギタリストの彼が、再び私に声をかけてきた。
「今度は気をつけろよっ。」
私に、そう言って悪戯っぽい笑顔を浮かべた彼は、スタッフ数人に囲まれてスタジオを出て行った・・・。
私は、あとあと彼が、今若い女性を中心に日本で最も人気のあるロックバンド『TOXIC(トキシック)』の、メンバーで24歳の若き天才ギタリスト。”北村拓斗”であることを知った。
私がフランスにいる一年の間、日本の音楽シーンに突如、彗星のごとく現れた『TOXIC』は、CDランキングを軒並み駆け上がりアルバム シングルとも8週連続1位を獲得する、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気ロックバンドだった ー。
ある週末、私の帰国を祝ってくれ、久しぶりに友達と集まる機会があった。
高校時代からの親友、亜香里は現在、同じ部署の先輩に片思い中・・・。
「なんか、最近仕事でミスばっかしちゃってさ・・・。だって・・・、あたしの斜め向かいが、彼のデスクだよ!?そんな冷静に仕事なんかしてられなくない!?」
ー その気持ち、大いに共感する・・・!だから私も、仕事中テオドールのことを考えてしまって、うっかりハサミで指先を切ってしまった。そしたら、あのギタリストの彼が絆創膏をくれて・・・。
積もり積もった話に女子会は深夜まで続き、私達は、ちどり足になるまで呑み明かした・・・。
火照った肌に、冬の風が酔い覚まし代わりに心地よく触れる・・・。都会の繁華街は眠りを知らず、私達の女子会がおひらきになった後も活気が衰えることはなく、通りがかった店のガラス窓から覗く店内には陽気に笑う人の姿や、通りでは、ほろ酔いで気分良さげに歩く人を見かけたりした。
タクシーを拾おうと車道近くに立つと目に飛び込んできた、派手な髪色をして、ひときわ目をひく数人の男の集団。その中で唯一黒髪の、さらに全身真っ黒のファッションに身を包んで、まるでカラスのようないでたちの男が、道路をまたいで向かい側の、こちらの通りに向かって大きく手を振っていた。
どうやら私に、みたい・・・。
やがて、私に手を振っていた彼は、他の男性達と別れて車道を渡り私の方に走ってきた。
すっかり、酔いが回り鈍い頭の私は、その光景を”ボーッ”と、眺めていた・・・。
「よぉっ!また会ったなっ!」
相手も、ほろ酔いのせいかテンションが高く上機嫌だ。
「・・・はい?こんばんわ。どちらさまです・・・??」
私は重い瞼を必死に開けて、朦朧としながらも目を凝らして男性の顔を見つめた。
「はぁ!?オレのこと覚えてねぇの!?・・・ったく、命の恩人に向かって薄情なやつっ。」
ー 似ても似つかない・・・。
私は声をかけてきた黒髪の日本人男性を虚ろな眼差しで見つめ、胸の中で、ずっと燻り続けている愛しい男(ひと)の面影を無理やりにでも、その男性に見い出そうとしたのか、私の唇は勝手にテオドールの名を呟いていた。
「・・・テオ・・・。」
「??・・・え!?あっ!おいっっ!ちょっと・・・っっ!!」
慌てふためいた男性の声が耳に響いたあと、私の視界は閉ざされた。そして、現実と微かに繋がれている意識の中で誰かに触れられる感覚を体は、はっきりと五感を通して私に伝えてきた。
ー 今、私の背中に誰かの腕がまわされた。そして、インナー越しに伝わる人肌の温もりと、鼓膜が拾う誰かの息づかい。それから・・・。
「・・・。・・・?・・・ん・・・??」
ぼんやりとした意識の中で、私は目を開けた ー。
次第に意識がはっきりしていく中で、いつもの朝と違う匂いを感じた。
ー 男物の香水の匂い。
でも、テオドールの香りではない・・・。
その嗅ぎ慣れない香りにすっかり目を覚ました私は、ここが自分のベッドではないことに気がついた。そして、その状況に驚いて飛び起きた ー。
辺りを見渡すと・・・、知らない部屋。
痛い。頭がズキズキと痛む。二日酔いだ・・・。
そっか、昨日女子会で結構呑んで・・・。それから、その後は・・・。
記憶がない!!
「おう。起きたか。」
・・・この声は?
「昨日、寝言で何回も『テオ』って、呼んでたぞ。・・・飼ってる犬の名前かなんかか??」
「違っ!!テオは、テオドールは私の・・・っっ!」
おそらく0.1秒すら考える間もなく、私は条件反射的に声の聞こえた方に顔を向け勢い良く言葉を言いかけた。そして、ハッとした。今、私の目に映っているものは、どこかで見たことのある顔をした若い男性。その彼の髪は濡れて上半身は裸だった。そして彼は、目を大きく見開いて私の言葉の続きを待っていた。
「私の何だ??」
そう問われた私だったが、目覚めていきなり目に飛び込んできた上半身裸の男性の姿に愕然として頭が真っ白になり、それ以上言葉が出てこなかった。
・・・それに。テオドールは、もう私の・・・恋人ではない。もしかしたら、それを言葉にしたくなくて私は、無意識に口を噤んだのかもしれない・・・。
「おい?どうした??」
愕然として、目を丸くして自分の姿を見ている私に、彼は不思議そうな顔をしていた。私は時が止まったまま、しばらく彼から目をそらせなかった。そして、その間に頭の中ではこの上半身裸の彼が誰なのか思い出していた ー。
この上半身裸の彼は・・・。
私に絆創膏をくれた、あのギタリストの彼だ!!
ロックバンド『TOXIC』の、メンバー”北村拓斗”!!
・・・ってことは、この部屋は、北村拓斗の部屋!?
私が寝てたベッドは・・・、北村拓斗のベッド!?
酔っ払って記憶がない私。彼の部屋、上半身裸の彼、彼のベッドで寝ていた私 ー。
・・・この状況からして、私は良からぬ失態を想像して身震いし、顔面蒼白となった。
いくらテオドールと別れているからって、知り合ったばかりの男の人と!?
かなり、お酒も入ってたし・・・。
しかも、相手は・・・芸能人!!
私は、勇気を出して事の真相を彼に尋ねた。
「あの・・・。昨日・・・。私・・・。」
すると彼は、瞳を潤ませて私を見つめ照れたように言った。
「昨日の夜・・・。ベッドの中でお前、スゲェかわいかった・・・。」
ー もうヤダ。タイムマシーンに乗って酔っ払う前に戻りたい・・・。