令息の愛情は、こじらせ女子を抱きしめる ー。
ー sourire'dange ー
拓斗がニューヨークへ発ってから一週間後。彼が旅立った空港に、テオドールの両親が降り立った・・・。
そこは、私をフランスへ運んで、再び日本へと連れ帰った場所。そして、テオドールをフランスから私のもとへ連れてきてくれた場所 ー。
空港は、いつも人生の架け橋となり、人々を運命の旅路へと送り出している。
そして、今日も運命のゲートが開かれた・・・。
私が、フラワーアレンジメントのコンテストで賞をとった知らせは、フランスに居るテオドールの御両親のもとにも届いていた。
フランスのレストランで、『彼とは、もう会いません。』と、テオドールの御両親の前で宣言したにもかかわらず、賞を受賞したことに託つけて彼が主催するコレクションに参加する私は一体どう思われるのだろうか・・・??
フランスに居た時の自分と今の自分は違う ー。
そう思いながらも、不安が入り混じる・・・。
「華那、時が来たよ。」
会場の扉が完全に閉まった時、テオドールは私の肩にそっと手を置いて言った。
彼の言葉には、ショーの開始を意味するだけではなく、もっと奥深い答えが含まれていると分かった。
そして、不安をひた隠しにしている私の心情を察した彼は、明確にこう言ってくれた。
「これは、”フラワーデザイナーの佐伯華那”に、『sourire'dange』が正式に依頼した仕事だ。何も、心配することはないよ。・・・大丈夫、俺がいるから・・・!」
さらに彼は、今夜導かれるべき答えを示してくれた。
「二人で力を合わせて、必ずコレクションを成功させよう!そして、俺達のことを認めてもらう・・・!」
そうだ。このコレクションは、言わば避けては通れない運命のゲートだ。このゲートを通過できなければ、その先にある景色を二人で見ることは叶わない ー。
ショーの最中。テオドールと私は、バックステージで次の衣装や、それに合わせるブーケや飾りの指示を出す。ショーをスムーズに進行させるためにステージの裏側は、常に大混乱で慌ただしかった。
衣装をじっくりと眺める暇など毛頭なく、彼と私は、ひたすらモデル達のフォローをしながら、せっせとステージへと送り出していた。
そんな嵐のような時間の中、一瞬見ただけで瞳に焼きつくほどに、一際美しいウエディングドレスが ー。
私は、そのドレスのあまりの美しさに心を奪われ手が止まってしまった・・・。そんな私の様子に気が付いたテオドールの、ドレスを手直ししながら言った言葉に私は感極まって、涙がこぼれた・・・。
「これが、俺の気持ち。君への愛情。”sourire’dange.・・・天使の微笑み”このドレスで君を包み込んで、君の笑顔を取り戻す。」
嬉しくて笑顔が溢れだす ー。
私は泣き笑いしながら、"sourire'dange"に、純白のリリーのブーケを添えた・・・。
ー コレクションは大成功 ー
「テオドール、よくやった・・・!これで安心して、お前に会社を任せられる!」
『sourire'dange』の本社社長である彼のお父さんは、慣れない外国で奮闘した息子の勇姿、そして大健闘を歓喜に満ちた笑顔で賞賛した。
「華那さん・・・。」
静かに名前を呼ばれて振り返ると、そこには。テオドールの母、ソフィーさんの姿があった・・・。
「華那さん。私、あなたのこと何も分かってなかったわ・・・。あなたがフラワーアレンジメントのコンテストで賞をとったこと、それはもちろん素晴らしい才能です。しかし、それ以上に。あなたは、かけがえなのない宝物を持っていたのね。本当に人を愛せる強い心 ー。テオドールとの未来のためにあなたは、自ら成長しようとしてくれた・・・。だから、コンテストに応募したのよね・・・。」
彼のお母さんは、かつてフランスで私と話した時の自身の言動を悔いて私に謝ってこられた・・・。しかし、フランスにいた頃の私は実際に、その時、彼のお母さんの目に映った私そのままだった・・・。
「華那さんが、こんなにも素晴らしい女性だということを私は見抜けなかった・・・。私が愚かだったわ・・・。あなたを・・・、息子のことも、あなたのことも深く傷つけてしまった・・・。本当にごめんなさい・・・!!」
自責の念に駆られて謝るお母さんへ、私は、むしろ感謝しているということを伝えた・・・。
「いいえ、お母さん。私はお母さんに感謝しています。フランスでお母さんがおっしゃった通り、私はあの時、何も差し出すものがありませんでした・・・。あのまま彼と結婚して、彼に甘えて生きていくだけでは、やはり、いずれ別れが来たと思います。
”多くのものが求められる”それは、目に見えるものではなく内面の豊かさのこと。彼への想いと、お母さんの言葉がそれに気づかせてくれました・・・。ありがとうございます。」
ー 私達に向けられた、彼のお父さんとお母さんの笑顔には、未来への答えがハッキリと示されていた。
もう、私達の歩みを抑制するものは何も無くなった ー。
そして、私達の足取りは自然とホテルのスイートルームへと向かった・・・。
テオドールは、扉が完全に閉まるのも待たずに、私を部屋の入り口で強く抱きしめた・・・。
私達の胸の鼓動は高鳴り、次第に呼吸が浅くなっていく。
唇から漏れる吐息が、重なり合いたい気持ちを執拗に煽った ー。
「もう。何も、堪える必要は無いんだよね・・・?」
熱を帯びて濡れた彼の瞳の奥に私が映っている・・・。
愛しい男(ひと)の眼差しに捉えられた私は、抗う言葉を忘れてしまった・・・。
「抱かせて。」
彼は私を軽々と抱き上げて、ベッドへと運んだ。
そして、真っ白いシーツへ私を優しく降ろすと、そのまま彼も折り重なるようにして私を抱きしめ、胸元に顔を埋めた。
「あぁ・・・。君の肌は、相変わらず温かくて柔らかいな・・・。俺の愛しい女(ひと)の肌だ。・・・安心する・・・。」
固く結ばれた強い絆が今、キスで未来へと紐解かれてゆく・・・。
私は、始まりの鐘を鳴らす代わりに、愛しい想いで甘く囀った・・・。
ー 体が、このうえなく熱い。
テオドールの熱を体中へのキスで受け取った私の肌は、もう、どうにも、表面からでは触れられないくらいに熱くなっていた ー。
ベッドサイドの灯りが照らす、乳白色の壁に映し出された二つの影が一つに重なり合った時、彼は熱く溶け出した情感そのままに、私に伝えてくれた・・・。
「華那、愛してる・・・。」
テオドール、愛してる・・・。
情熱の赴くままに過ごした一夜が明け、私達は揺り籠のように温かいベッドの中、一糸纏わぬ姿で抱き合っていた・・・。
「・・・おはよ。」
「おはよ・・・。」
えも言われぬ安らぎに包まれて交わす目覚めのキスは、極上に甘く、そう簡単には終わらせることができない・・・。
私達は、毛布にくるまって暫し戯れたあと、ようやく起き上がり身支度を整えた。
朝日を呼び込もうとカーテンを開けると、窓の外には奇跡的な光景が広がっていた ー。
「雪、降ったんだね。春が近いのに・・・、奇跡だ。」
淡い雪のベールを被った街の情景を見つめながら、テオドールは感慨深そうに言った。
雪の結晶が朝日を反射して輝く”ダイヤモンドダスト”
その清らかで美しい現象に私が見とれていると彼は、おもむろにポケットから何かを取り出し、それから私の左手をとった。
「ほら、君の指先にも雪の結晶に負けないくらいの輝き・・・。」
「これ・・・!ずっと持ってたの・・・??」
それは、私がフランスに置いていった、テオドールが私に贈ってくれたダイヤモンドリングだった。
「テオ・・・!ごめんなさい!私、あの時・・・!」
ダイヤモンドリングを見た私から、口をついて出た言葉は彼への謝罪だった・・・。
すると彼は、私が謝るのを制止するように意外な事を言った ー。
「ありがとう、華那。君がフランスに、この指輪を置いていったからこそ、俺は必ず君に再びこの指輪を届けようと、日本で固い決意を持ってやって来れた。ようやく御曹司ではなく、テオドール・ローラン・ベルナルドとして君にプロポーズが出来る・・・。」
しばらくして彼は、ハッと思い立ったような顔をして、力のこもった眼差しで私を見て言った。
「ごめん。華那、ちょっと待ってて!」
そう言うとテオドールは私を置いて、急いでどこかへ行ってしまった・・・。
一体、彼は急に、どうしたというのだろう ー??私は唖然として、立ちすくんだまま動けなかった。
訳がわからないまま時間が流れて、ようやく落ち着こうと思った矢先に部屋の外から、けたたましい足音が聞こえた。
勢いよく扉が開き、大きく肩を上下させて息をするテオドールが部屋に入ってきた。
相当急いで走ってきたのだだろう。まるで台風の日に外に出たかのように、髪が乱れ、ネクタイは曲がっていた・・・。
「大丈夫・・・??」
満身創痍とも言うべき彼の様子を心配した私が、恐る恐る声をかけると、彼は実に清々しい笑顔で応えてくれた。
ようやく落ち着きを取りもどした彼は、深呼吸をして私の方を向いた。そして、真摯な眼差しで私を見つめた。
見覚えのある、この眼差しに私の胸は高鳴った・・・。
「華那・・・。今、君の心に届けるよ。これが、ありのままの俺だ。」
彼は、にっこりと微笑んで私の前にひざまづき、誕生日にくれたバラの花束の半分にも満たない12本のバラを差し出した。
「愛情」「情熱」「感謝」「希望」「幸福」「永遠」
「尊敬」「努力」「栄光」「誠実」「信頼」「真実」
真心を込めて・・・。
「Veuxーtu m'epouser?」
ー ”僕と結婚してくれますか?” ー
いつも流暢な日本語で話すテオドールが、私に伝えてくれた母国語でのプロポーズ。
ありのままの彼がそこに居た ー。