お願いドクター、毒よりも愛を囁いて
追い討ちを掛けるように訊ねるドクターの言葉に答えず、無言で前を向く。


「いいから…帰りましょ」


失恋した相手に部屋まで送られるのもホントはイヤだ。
だけど、この足で歩いて帰るのもな。


仕様がないよね…と思いつつ息を吐き出し、エンジンが掛かるのを待った。


道路は暗くて人通りよりも車の方が多く走ってる。
そのライトを見つめ、何とか泣きださないように歯を食いしばった。


「……あんたを見てると子供の頃を思い出すな」


エンジンも掛けずにドクターが囁く。
その声色が懐かしそうに感じて、ちらっと目線を走らせた。


「あいつも俺に気ばかりを揉ませてたな…」


小さく笑うドクターに向き直る。
「あいつ」と呼ばれた人のことが気になり、誰なんですか?と訊ねた。


ドクターの目はゆっくりとこっちを向いた。
突き刺さる眼差しに覚悟を決めるように唾を飲む。


多分、藤田くんのフィアンセのことだ。
彼女のことをドクターは今も想ってるの?


ドクンドクン…と胸が鳴りだす。
沈む様な音を耳にしながらぎゅっと掌を握った。


< 180 / 203 >

この作品をシェア

pagetop