お願いドクター、毒よりも愛を囁いて
「あんたは飲み屋でもメーワクを掛けるんだな」


聞き覚えのある声に振り返ってみると藤田外科病院のドクターだ。
マスターも彼を知ってるらしく、知り合いですか?と私を指差した。


「…ああ。うちに来るメーワクな患者だ」


時間外労働をさせる…と呟き、眉間にシワを寄せながら、こんな所で余計なことに巻き込まれるのはご免だとばかりに逃げ出そうとした。


「あっ!ちょっと、逃げないで!」


マスターはカウンター越しにドクターの皮の上着を引っ張る。
薄茶色の革ジャケットを着た人は引っ張るな!と振り返り、関わりたくないけど仕様がねーな…とこぼして私の隣に座った。


「バーボン」


そう言うと出されたオシボリで手を拭く。
こっちはドロンとした目元でその仕草を見つめ、バーボンを頼むなんて大人だなぁ…と思ってた。


「見るな!酒がマズくなる!」


まだ届いてもない酒の味が分かるらしい。
ケッ、と呆れ、フン!とソッポを向いてグラスを傾ける。


ゴクッゴクッ…と喉を通り抜けてくビール。

隣からそれを見てたドクターは、もう止めとけ!と言い捨て、私の手からジョッキを取り上げた。


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