雨の降る世界で私が愛したのは
 

 研究室とその周りの居住区という限られた空間の中では人と同じように自由な行動が取れるのだ。

 二十四時間の監視付つきではあるが。

 最初にそのことを知った時、わたしはなぜ彼は自らの知能を人にアピールしないのだろうかと不思議に思った。

 が、彼は理解していたのだ。

 いわゆる研究所に送られたところで、人が絶対的な権力を持つことになんの変わりもないということを。

 検査という名のもとに無駄に体をいじくりまわされ、毎日自分の脳内をさぐるようなテストを繰りされるより、檻の中で暮らす方が静かでその知性にふさわしい生活ができると。

 わたしは思う。

 人のどれくらいが彼と同じような状況に立たされたとき、人としての尊厳を維持できるだろうか?

 決して多くはないはずだ。

 冤罪で死ぬまで投獄されるに値する屈辱である。

 そのような状況の中で自らの尊厳を保ち高潔に生きる彼にわたしは敬意の念を持たずにはいられない。


< 125 / 361 >

この作品をシェア

pagetop