雨の降る世界で私が愛したのは


 一凛が胸に抱いたあの本を見たとき、気づいたら手を伸ばしてしまっていた。

 前に読んだことのある本だった。

 どこでいつ読んだのか覚えていない。

 ひどく懐かしかった。

 厚い霧がかかるような記憶とも呼べない朧げなものの中で声が聞こえる。

 読んだのではなく誰かに読み聞かせてもらったものなのかも知れない。


 ハルにはジャングルで撃たれる前の記憶がなかった。

 意識を取り戻したとき真っ先に飛び込んできたのは濃い緑の木々の間からのぞく重い灰色の空だった。

 そこから無数に落ちてくる雨がハルの顔を叩く。

 雨の音に混ざって遠くで鳥の鳴く声が聞こえた。

 腹部に突き刺すような熱さを感じ、見ると雨が鮮血を洗っていた。

 重い瞼を閉じる。

 自分はこのまま死ぬのだと思った。

 そしてそれでいいと、やっと死ねるのだと、やっと楽になれるのだと、そう思った。


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