雨の降る世界で私が愛したのは
檻の中にいるゴリラに自分の声は聞こえないと分かっていても問いかけずにはいられなかった。
「ハルはどこにいるの?」
メスのゴリラの口が動いた。
この時ばかりは生態系型展示の作りが恨めしい。
ああ、少しでも中のゴリラと話すことができたら。
普通のゴリラでも何が起きたか推察できるくらいの会話は充分にできる。
デッキブラシを動かす女性スタッフに目を向ける。
彼女には聞こえているはずだ。
中のメスのゴリラが何を言っているのか。
目を輝かせて一凛を見た彼女に怒りを感じた。
動物が好きでこの仕事についたのではないのか?
彼らを守りたいと思ったのではないのか?
彼女は頑なに一凛に背を向け、掃除を終えると扉の向こうに消えた。
一凛は事務所に向かった。
案の定、園長は不在で事務所にいる誰もが一凛を見るなり顔を背け、会話を避けようとしているのが明らかだった。