雨の降る世界で私が愛したのは


 自分を心配してくれる依吹に、依吹こそ大丈夫なのかと訊ねると、自分はなんとかなるさとのんびり返してきた。

「あ、そういえばここ一凛の元カレの病院だった」

 元カレと言われてそれが颯太だと気づくのに数秒かかった。

 担当したのも颯太だと言う。

「そう、颯太さんが」

「あいつ性格は悪いが医者としての腕はいいな」

 またそんなことを言って、と依吹をたしなめ一凛は電話を切った。

 最後に伊吹のおかげで少しだけ笑えた。

 颯太にも今度お礼を言わなければいけない。

 幸い裏門には報道陣の影はなく一凛は小走りに門をくぐり抜ける。

 一刻も早くハルに会いたかったがひとまずマスコミが押し寄せる動物園から離れなければならない。

 そうこうしているうちに依吹が園長からいろいろ訊き出してくれるかもしれない。

 雨が激しくなってきた。

 大丈夫。

 きっと大丈夫。

 それでも一凛は先の見えない暗い階段を下りていくような得体の知れない不安に襲われていた。


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