雨の降る世界で私が愛したのは
寄り添う影
研究室の外に出て雨を見ながらタバコを吸っているとポケットの中の電話が震えた。
依吹は非通知と浮き出た文字を読むとわずかに微笑んだ。
『依吹』
タバコの煙は雨を縫うようにして流れていく。
久しぶりに一凛の声を聞いた気がした。
「今どこにいるんだ?」
一凛が押し黙ったのが電話の向うから伝わってきた。
『依吹ごめん』
外から電話をしてきているのだろうか、雨の音が聞こえてくる。
こちらで降っている雨よりも激しい雨音だった。
「一凛、今どこに」
無機質な電子音が聞こえてきた。
「それだけかよ」
依吹は舌打ちし、雨の中にタバコを投げ捨てた。
一凛はタバコ屋の軒先から滴り落ちる雨を見上げた。
最近は公衆電話の数が減り探すのに手間取ってしまった。
一凛は傘を広げた。
早く帰らないと、ハルが心配しているかもしれない。